日本では、引き寄せの本では、ジョセフ・マーフィーの著書がよく知られていると思うが、ジョセフ・マーフィーは非常に微妙な立場だと思われる。
どう微妙かと言うと、「胡散臭く」思われているというところだ。
ナポレオン・ヒルであれば、「まともな人」の自己啓発書として読まれていて、たとえば就活の際、ナポレオン・ヒルを読んでいると言えば良い印象を持たれる可能性が高いが、ジョセフ・マーフィーを読んでいると言ったら、「それ誰ですか?」と言われたり、頭のおかしなやつと思われかねない。
ジョセフ・マーフィーを日本に紹介したのは、大島淳一という人物となっているが、彼は戦後まもない頃にヨーロッパに留学してジョセフ・マーフィーの本に出会い、学者として成功したと言うが、どうも素性の分からない人間で、学者としては全く無名だった。
後に、大島淳一の正体が渡部昇一だと渡部自体が明かした時、驚いたのはジョセフ・マーフィーの熱心な読者だけだったと思う。
極めて多い渡部の読者の間では、ジョセフ・マーフィーはほとんど知られていなかった。
渡部が、ジョセフ・マーフィー関連の本を書く時、なぜ、大島淳一というペンネームを使い、実は渡部昇一であるということを隠したのは、もし、渡部昇一の名でジョセフ・マーフィーの本を書いたら、やはり渡部昇一が胡散臭く思われ、いろいろ不都合があると思ったからではないかと思うのだ。
それほど、一般の人にとって、マーフィーの成功法則は馴染まないのだと思う。

何と言っても、日本は勤勉努力、克己忍耐の国である。
第二次世界大戦で日本が破れ、アメリカが日本を占領した際、日本人に対し、思想統制を行いながら、日本人にキリスト教を布教しようとしたフシがないのは不思議なことと思うかもしれないが、どの国も、非占領国の国民に、自分達の宗教の布教はしないものである。というのは、非占領民は奴隷と見なしており、自分達の大切な宗教を教え、対等の存在にしようなどとは思わないだろうからだ。
一方で、アメリカは日本人に対し、神道も禁止し、徹底した物質主義思想を叩き込み、神秘というものを全く受け入れない思考パターンを持つようにしたのだと思われる。
そこらが、日本人が無宗教であることと、勤勉によく働いて経済成長を遂げた理由なのではないかと思う。

そんなわけで、努力しなくても、魔法のような力で望みを何でも実現出来るというジョセフ・マーフィーの教えを、日本人が胡散臭いと思い、知っても馬鹿にしたり無視するのは当然なのだと思う。
そして、マーフィーの成功法則を馬鹿にしたり無視することで、自分を知的な人間だと感じるのである。
アメリカ・・・というか、アメリカを支配する者達によって、そんな思考パターンが日本人に教育されたからで、これは1つの強力な洗脳である。

実は、19歳の時、マーフィーの本を読んで、ひきこもりニートを脱出し、豊かな人生を送るようになった私も、どこか、マーフィーの成功法則に抵抗があり、一頃、マーフィーを全く否定していたことがあった。
世間に蔓延(はびこ)る不気味な思想、信条、教義、信念・・・つまり、世間の常識や固定観念を死ぬほど嫌悪していた私ですら、アメリカを支配する勢力の洗脳にかなりやられていたのである。
また、まともな著名人の誰もマーフィーの話をしない。
ただ、もし、渡部昇一が本名でマーフィーを語っていても、あの人は、非常に癖のある思想の持主であるので、私がマーフィーを肯定的に考える助けになったかどうかは分からない。
もっとも、渡部昇一の思想に癖があると思うのも、私の洗脳によるものかもしれない。

皆さんの中にも、「マーフィーの成功法則って本物だろうか?」と疑っている人は多いと思う。
きっと、マーフィーの本を読みつつ、そう思っている人は多いのだ。
ところが、時代が進むにつれ、少しずつだが、マーフィーを全く肯定的に捉える人が増えてきていると思う。
そして、胡散臭く思われながらも、絶えることなくマーフィーの本は出版され続けてきたのであり、そこそこの書店であれば、ほとんどの場合、マーフィーのコーナーすら存在する。
誰も宣伝しない中でこうであるのは、むしろ驚異である。
つまり、どう考えても、マーフィーの成功法則は本物なのである。
キリスト教的な部分もあるので、それに抵抗を覚える人も多いと思うが、実際は、マーフィーは宗教はどれも同じで、無神論であっても構わないと述べている。そして、聖書を引用するのだって、単に、自分がよく知っていることと、良い言葉や文章だから引用するのであり、キリスト教自体が他宗教と比べて優れているとか、キリスト教を信仰しないといけないと述べたことは、実に一度もないのである。

マーフィーの成功法則は本物であり、実践すれば確実に効果がある。
とはいえ、妄想が何でも実現するわけではない(実際は実現するが、この話は長くなるので今回は省く)。
マーフィーも、女優になることを夢見ている、ある若い女性に対し「子供の夢は卒業しなさい」と嗜(たしな)め、正しい心構えを教えることで、結局、彼女は豊かな社長夫人になった。
もちろん、彼女が本心から女優になりたいと思っているなら、いかに無茶な目標に見えても、マーフィー法則を使えば願いは実現する。
しかし、彼女の場合は、精神が幼く、それは子供の夢に過ぎなかったのだ。
ほとんど働いたことがなく、社会の常識に疎(うと)く、人間的に未熟な者が社長になれたりはしないし、なれても幸福にはならない。
ニートのひきこもりが、マーフィーの成功法則(あるいは実質同じ原理の手法)で短期間で富裕になったという話なら、いくらでもある。
その場合、その者の精神性には大きな変化があった。別に、人格者になったとか、まして、世間的な人間になったというのではない。
おそらく、エゴの扱いに大きな変化があったのだろう。
決して、エゴを消さないといけないとか、エゴを押さえ込まないといけないと言うのではない。
どう言っていいか難しいが、エゴを手懐(てなず)けるとでも言うのだろうか・・・そういったことは必要である。
しかし、それも、マーフィーの成功法則を実践しているうちに、少しずつ、分かって来る。
ただ、エゴを手懐けるのが遅いほど、成果が出ないというのではないが、成果が小さく、成果を感じない場合が多い。私がまさにそうだったが、それでも、長期的に見れば、もう奇跡が起こりまくっていたのである。








  
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