歳を取るほど時間の流れを速く感じる理由について、いろいろな説がある。
たとえば、10歳の子供にとっては1年は生涯の1/10だが、50歳の人にとっては1/50なのだから、1年の重みが、10歳は50歳の5倍あるから長く感じるという説は、分かり易くて人気があるようだ。
まあ、それもあるかもしれないが、それよりも、10歳が1年で記憶する量が、50歳で1年で記憶する量よりずっと多いことと関係するのだと思う。
つまり、歳を取るほど、毎日が同じことの繰り返しになり、特に変わったことがなければ、記憶に残らないから、時間がなかったように感じるのだ。だから、歳を取っていても、記憶に残る出来事・・・例えば、大病を患ったり、物凄く名誉なことがあったりすると、時間を長く感じるのだ。
早い話が、中身の濃い1年は長く、同じ毎日の繰り返しであった1年は短い。
とはいえ、普遍的なことわざとして「光陰矢の如し」と言うように、時はすぐに流れ去る。
そりゃ、正確ではないらしいが、キリストが生まれてからこれまで2022年も過ぎてしまったのだから、人の一生なんてあっという間だ。
そして、これは私が子供の時から感じていたことだが、自分の写真は、あっという間に「昔の写真」になってしまう。
小学5年生になってから、2年生の時の自分の写真を見ると、早くもノスタルジー(フランス語。英語ではノスタルジア。懐古)を感じ、「あの頃から随分経ったなあ」と思ったものだった。
子供の時は、驚きや感動を感じる数や時間は、大人よりずっと多いのだが、それでも、やっぱり「今」がすぐに思い出になるのだ。
私は、ある時期から、自分の写真を撮ることをなるべく避けていたが、今は、スマートフォンでいくらでも自撮りが出来るので、やろうと思えば、簡単に自分の写真が撮れるのは、昔を考えれば驚異的なことだ。
それもあって、私は、2016年から毎年、初音ミクさんのライブと企画展である「マジカルミライ」に行く度に、主に現地のホテルの中で写真を撮っているが、マジカルミライ2016の時の写真は、既に大昔の写真だ。
しかし、マジカルミライは大きな思い出なので、その分は、時間の流れが遅くなっている。
そして、私は、今の方が2016年よりずっと若い。その秘密は以下の通りである。
学校の授業でも、会社の仕事でも、緊張感がないほど、覚えていることが少ないので、時の流れは速い。
だから、現代人の多くは、学生時代も会社員時代も、あっという間に過ぎ去る。
ところで、私は、中学生の時、時を止める方法を思いついた。
何の事業中だったか忘れたが、それは緊張感のない時間で、私は「今のことは全く記憶に残らず、後で思い出すことは絶対ないだろう」と思い、それは、すごく残念なことだと思った。
そこで、前の黒板の上に貼ってある紙を見つめ「この紙のことをずっと憶えていてやる」と思った。
その紙に何が書いてあるかを覚えるのではない。どうせ、下らないことが書かれていたのだから。
そうではなく、その紙の大きさや、薄い青色だったことや、その質感を記憶し、それは確かに今でも思い出せる。
私は、意識して思い出を作ったのだ。
そんなふうにして、私は、本来なら忘れ去ってしまうはずのことを、いくつか意図的に記憶に残した。
すると、その記憶の時から、時間が過ぎ去らないことに気付いた。
これは大発見である。
強制的に感動させられたことより、何もなくても、意識的に記憶した時のことが「ちゃんとした記憶」になり、その時の意識に戻れるのである。
あの青い紙のことを記憶した時の精神がいつでも蘇るのだ。
マジカルミライのライブのことすら、意識して覚えようとしない限り、ほとんどのことを憶えていない。
しかし、意識して憶えたことは永遠になる。
現在のプロ野球の日本ハムの監督である新庄剛志さんが現役時代、ニューヨーク・メッツに入団する際、「記録はイチロー君。記憶は僕」という名言を残したが、見ている者が「憶えていたい」と思わない限り、記憶には残らない。
また、有名な陸上短距離走者であったカール・ルイスが、自分が記録にあまりこだわらない理由として、「記録は一瞬だが、勝利の瞬間は永遠だ」と言ったが、どれほど華々しい勝利であろうが、自分で憶えていようと思わない限り、やっぱり一瞬なのだ。
人は、「憶えていたい」と意識しない限り憶えていない。
だが、文字通り「憶えていたい」と思うのではない。
おそらく、「今を大事にしたい」と思った時のことを憶えているのだ。
そして、「今を大事にしたい」と思うことに、人間の重大な秘密がある。
余命僅かな人間が、「今を大事にしたい」と思うようになると、人生が充実するようになる。それで奇跡的な治癒が起こることもある。
話を凄く端折る(はしょる。略する)が、今を大切にすると、不思議なことが起こっている。
これは、今を本当に意識するということだ。
これが、スピリチュアル界隈で「今今メソッド」と言われることの本当のやり方だ。
これをやっている間は、もう普通の人間ではない。神のようなものになっている。
だから、今今メソッドを多くやっている者は、何でも引き寄せ、どんな奇跡も起こす。
今を愛(いと)おしみ、かけがえのないものと認識し、今が永遠であると知る・・・それを、なんとなくでも意識するようになれば、世界の真の支配者に近付くのである。
たとえば、10歳の子供にとっては1年は生涯の1/10だが、50歳の人にとっては1/50なのだから、1年の重みが、10歳は50歳の5倍あるから長く感じるという説は、分かり易くて人気があるようだ。
まあ、それもあるかもしれないが、それよりも、10歳が1年で記憶する量が、50歳で1年で記憶する量よりずっと多いことと関係するのだと思う。
つまり、歳を取るほど、毎日が同じことの繰り返しになり、特に変わったことがなければ、記憶に残らないから、時間がなかったように感じるのだ。だから、歳を取っていても、記憶に残る出来事・・・例えば、大病を患ったり、物凄く名誉なことがあったりすると、時間を長く感じるのだ。
早い話が、中身の濃い1年は長く、同じ毎日の繰り返しであった1年は短い。
とはいえ、普遍的なことわざとして「光陰矢の如し」と言うように、時はすぐに流れ去る。
そりゃ、正確ではないらしいが、キリストが生まれてからこれまで2022年も過ぎてしまったのだから、人の一生なんてあっという間だ。
そして、これは私が子供の時から感じていたことだが、自分の写真は、あっという間に「昔の写真」になってしまう。
小学5年生になってから、2年生の時の自分の写真を見ると、早くもノスタルジー(フランス語。英語ではノスタルジア。懐古)を感じ、「あの頃から随分経ったなあ」と思ったものだった。
子供の時は、驚きや感動を感じる数や時間は、大人よりずっと多いのだが、それでも、やっぱり「今」がすぐに思い出になるのだ。
私は、ある時期から、自分の写真を撮ることをなるべく避けていたが、今は、スマートフォンでいくらでも自撮りが出来るので、やろうと思えば、簡単に自分の写真が撮れるのは、昔を考えれば驚異的なことだ。
それもあって、私は、2016年から毎年、初音ミクさんのライブと企画展である「マジカルミライ」に行く度に、主に現地のホテルの中で写真を撮っているが、マジカルミライ2016の時の写真は、既に大昔の写真だ。
しかし、マジカルミライは大きな思い出なので、その分は、時間の流れが遅くなっている。
そして、私は、今の方が2016年よりずっと若い。その秘密は以下の通りである。
学校の授業でも、会社の仕事でも、緊張感がないほど、覚えていることが少ないので、時の流れは速い。
だから、現代人の多くは、学生時代も会社員時代も、あっという間に過ぎ去る。
ところで、私は、中学生の時、時を止める方法を思いついた。
何の事業中だったか忘れたが、それは緊張感のない時間で、私は「今のことは全く記憶に残らず、後で思い出すことは絶対ないだろう」と思い、それは、すごく残念なことだと思った。
そこで、前の黒板の上に貼ってある紙を見つめ「この紙のことをずっと憶えていてやる」と思った。
その紙に何が書いてあるかを覚えるのではない。どうせ、下らないことが書かれていたのだから。
そうではなく、その紙の大きさや、薄い青色だったことや、その質感を記憶し、それは確かに今でも思い出せる。
私は、意識して思い出を作ったのだ。
そんなふうにして、私は、本来なら忘れ去ってしまうはずのことを、いくつか意図的に記憶に残した。
すると、その記憶の時から、時間が過ぎ去らないことに気付いた。
これは大発見である。
強制的に感動させられたことより、何もなくても、意識的に記憶した時のことが「ちゃんとした記憶」になり、その時の意識に戻れるのである。
あの青い紙のことを記憶した時の精神がいつでも蘇るのだ。
マジカルミライのライブのことすら、意識して覚えようとしない限り、ほとんどのことを憶えていない。
しかし、意識して憶えたことは永遠になる。
現在のプロ野球の日本ハムの監督である新庄剛志さんが現役時代、ニューヨーク・メッツに入団する際、「記録はイチロー君。記憶は僕」という名言を残したが、見ている者が「憶えていたい」と思わない限り、記憶には残らない。
また、有名な陸上短距離走者であったカール・ルイスが、自分が記録にあまりこだわらない理由として、「記録は一瞬だが、勝利の瞬間は永遠だ」と言ったが、どれほど華々しい勝利であろうが、自分で憶えていようと思わない限り、やっぱり一瞬なのだ。
人は、「憶えていたい」と意識しない限り憶えていない。
だが、文字通り「憶えていたい」と思うのではない。
おそらく、「今を大事にしたい」と思った時のことを憶えているのだ。
そして、「今を大事にしたい」と思うことに、人間の重大な秘密がある。
余命僅かな人間が、「今を大事にしたい」と思うようになると、人生が充実するようになる。それで奇跡的な治癒が起こることもある。
話を凄く端折る(はしょる。略する)が、今を大切にすると、不思議なことが起こっている。
これは、今を本当に意識するということだ。
これが、スピリチュアル界隈で「今今メソッド」と言われることの本当のやり方だ。
これをやっている間は、もう普通の人間ではない。神のようなものになっている。
だから、今今メソッドを多くやっている者は、何でも引き寄せ、どんな奇跡も起こす。
今を愛(いと)おしみ、かけがえのないものと認識し、今が永遠であると知る・・・それを、なんとなくでも意識するようになれば、世界の真の支配者に近付くのである。
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