引き寄せは、小さな願望の実現から宇宙の変革や平和まで含み、そのシステムは壮大ながら、やることは、無になること1つである。
無になるには、想念を消すのであるが、そのための根本を成すことは2つで、
◆思考を消す
◆中今(今この瞬間)を生きる
である。
とはいえ、思考を消せば中今に生きているし、中今を生きれば思考は消えるので、いずかをやれば良い。
ところが、私は、小さな子供の時から、思考を消すことも、中今を生きることも、意図して出来たのである。
このうち、思考を消すことに関しては、高度な人間には、理解する者、関心を持つ者がいた。例えば、高位のであるが、芸術家、科学者、技術者、経営者などは、分かっているようであった。
そして、思考を消すことに関しては、比較的説明がし易いが、中今に生きることに関しては、言葉での説明が難しい。
そもそも、思考を消すことに関しては、「思考を消す」で意味が伝わるし、「頭の中のおしゃべりを止める」「頭の中の独り言を止める」と言えば、その重要性が分かる人がいるのである。
中今に関しても、「今ここに生きる」と言えば、ある程度、誰でも、良いことである気がするものである。
しかし、具体的にとなると難しいのである。
なぜなら、ほとんどの人間が、過去の記憶(後悔や満足)、未来の空想(不安や期待)を、中今(今この瞬間)より大きく感じているからである。

私は、子供の時から、「思考を止める」「中今を生きる」が出来たのだから、聖人や賢者、あるいは、導師や魔法使いだったのかというと、瞬間というか、パートタイムでそうだったのである。
私は、思い出した時に気紛れに、ごく短時間行うのだが、比較的よく行っていた子供の時でさえ、よくは分からないが・・・年に数回。歳を取るごとにやらなくなり、働くようになってからは、数年に一度やるかどうかである。
それで、やろうと思うと心もとないが、やり方は憶えているようなのである。
憶えているような・・・とは妙な言い方であるが、これは、歩き方や食べ方のようなもので、言語化して説明するとややこしいのである。
そして、歩く、食べるなら毎日やっているので楽々出来るが、例えば、何かの事情で数か月も歩かずにいると、筋肉の衰えもあるが、歩くという感覚が分からないという、それに似ているかもしれない。

しかし、いずれにしろ、引き寄せを本当に行うには、思考を消すこと、中今を生きることが必要で、私はそのやり方を知っているわけである。
ただ、知っているからといっても、必ずしも大事業家や大政治家みたいなものになるわけではない。
むしろ、そんなものになる人というのは、無意識に引き寄せを行う人のように思う。
だから、大成功者には引き寄せのやり方を教える者が滅多にいないのだろう。
怪しいセミナー指導者や引き寄せの本の著者だって、引き寄せのための、こういった重要なことの一端は見えているのだと思う。しかし、大抵は、ほんの少ししか分かっていない。

まず、思考を止めることについて述べてみよう。
日本でも、ある時期から、「フリーズ(凍る)」という言葉が一般的になった。
アメリカでは、ピストルを向けて「フリーズ」と言うことで「動くな」と命じたことになるらしい。
よって、アメリカでも日本でも、フリーズは身体的に動くなという意味なのだろうが、「頭がフリーズする」という言い方も通じる。
そして、思考を止めるとは、確かに、感覚的に、心をフリーズさせるのである。
心は、身体的に言えば胸にあるような感じがする。
しかし、身体の動きを止める時には、手足などの筋肉を止めれば良いのであり、心臓を止めないように、思考を消す時にも、心の源である魂を止めることはない(ただし、これは苦しい譬えかもしれない)。
思考の筋肉にあたるものは脳だ。
そして、これも、希に指摘する者がいるが、思考は脳内というよりは、頭のやや上にあるように感じるのだ。
これについては、あまりまともな説明は出来ない。
その、頭の上にある思考システムを凍らせる・・・とか停止させると言うよりは「整える」「きれいにする」のである。
頭の上にある思考システムに関しては、速読や加速学習などで示唆されることもあるが、その仕組みに関してまで語られることはない。分からないからだ。
電波工学の世界的権威であった関英男(工学博士)は、脳から延びる思考システムを図示をしていたが、当時から世間からは馬鹿にされていたようである。

ややこしい話をしてしまったが、思考を止めるための具体的な、子供でも分かる方法は、頭の上を意識するだけである。
そこで、どのくらい上かという問題があるが、関英男博士によれば、人によって違うのだそうだ。
レベルが高い人ほど上にあるというから、あまり言いたくはないのだが(笑)、私の場合で、頭頂の20~30センチ上である。
大きさはよく分らない。小さな点のようであるし、リンゴくらいの大きさに感じることもある。
大きさというものがないのかもしれず、気にしない方が良いかもしれない。
とにかく、頭のやや上を意識すれば思考は止まる。
これをやって、ぎょっとする人もいる。簡単に思考が止まってしまうからだ。
また、これをやっている時、UFOを見たという人もいる。ただし、あまり見たくないものが見えてしまうかもしれない。

絶対やれとは言わないが、これが魔法を使う1つの方法であることは確かだ。
何も願わずとも、あるいは、何かを願った後でこれをやると、不思議なことが起こる。
しかし、決してエキサイティングだったり刺激があるわけではなく、私のように、何年もやらずに過ごす場合もあるし、そもそも、一度もやったことがない人の方が多い。








  
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