映画『マトリックス』シリーズや、小説・アニメ『ソードアート・オンライン』のような仮想世界を扱ったものと共に、昔からあるが、最近、アニメで多くなってきた印象があるのが、パラレルワールド(並行宇宙)を扱ったものだ。
例えば、あなたが就職活動をして、A社、B社の2つの会社から採用通知が届いたとする。
そこで、考えた末にあなたはA社に入り、そこで働き、それと共に、いろいろな出来事を体験する。
ところが、B社に入ることも想像は出来る。
すると、B社に入社した世界が生まれ、その世界でのあなたは、今のあなたとは別の体験をする。
では、この2つの世界は、関係がないのかというと、そうではないかもしれない。
たとえば、あなたはA社に入ったのだが、なぜか、自分がB社に入ったはずのような奇妙な感覚があるかもしれない。それは、もしかしたら、あなたはB社に入ったのに、A社に入った今の世界に移行したのかもしれない。

過去の記憶が、現実と違うような感じがすることは、誰しもある。
それは、一般に記憶違いとされ、実際、多くは、その通りであるのかもしれない。
しかし、鮮明に残っている記憶が事実と異なっているという人もいる。
この場合も、いくら鮮明な記憶だと思っても、やはり、記憶が違っていると考えられるのが普通だ。
記憶が時間の経過と共に、自動的に改ざんされるのは、よくある現象だとも言われる。
しかし、そんなことが多過ぎる人の場合はどうだろう?
その場合は、病気とまで言えるかどうかは分からないが、脳のコンディションにやや不都合があると見なされるだろう。
今の世の中ではね。

私には、こんな思い出がある。
小学校に入る少し前の6歳の時だ。
1人の男の子の友達と、それぞれが、スタンドを立てた自転車に座っておしゃべりをしていた。
ところが、その子が、バランスを崩して自転車ごと倒れてしまい、コンクリートの床の上に仰向けで倒れた。
その子は苦痛に顔を歪め呻く。
その時、周囲には、近所の若い主婦が数名いて、彼女達は、我々を見ながらお喋りをしていたので、その人達が対応するはずと私は思った。
ところが、彼女達は、気楽に談笑したまま、その倒れた子を見ているだけだった。
見ると、その子の頭から血が流れている。
髪の毛の間から血が流れるとこうなるのかと、私は奇妙な感動を味わいながら見たその光景を、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。
しかし、主婦達があまりに気楽そうなので、「これは大したことではないのだろうか?」と思った。
ところが、その後の記憶がない。
それから1年くらい経った頃だった。
あまり会うこともなかった、その転倒した男の子に久々に会ったので、私は、あの時のことを聞いてみた。
すると、彼は、「そんなこと知らない」と言うので、私は、あの時の状況を出来るだけ思い出しながら話し、問い詰めたが、彼は「知らない」と言って、逃げるように行ってしまった。私のことを、「変なことを言うやつ」と思い、相手になるのもうっとうしいので、そそくさと行ってしまったのかもしれない。
真相はこうであると思う。
彼が倒れて大怪我をした時、周囲の主婦たちが気楽そうにしていたのは私の記憶の改ざんの結果で、実際は大騒ぎをしていた。
そして、私は、その光景があまりにショッキングだったので、それが起こらなかったことにしたいと思った。
その瞬間、私は、その事件が起こらなかったパラレルワールドに移行したのだ。
なぜそんなことが言えるのかと言うと、私が異世界移動をしたのを憶えているのは、これだけではないからだ。忘れてしまったものを含めれば、どれほどの数があったか分からない。
そして、誰でも同じようなものなのである。

もっと面白い、こんな話がある。
ある中学校に、1人の本当に冴えない男子生徒がいた。
言ってはなんだが、顔は悪く、背も低く、スポーツは駄目で、勉強も特に出来るわけではない。
当然、女の子にもモテなかった。
ところが、彼が、学園のマドンナと誰もが認める美少女と親密になったのだ。
実は、こんな話は、それなりにあり、事実である場合もある。
そして、この話に、引き寄せの極意がある。
このモテない男子は、その学園のマドンナである美少女にゾッコンになったが、当然、自分など相手にされないと思った。
しかし、彼女と付き合っていると想像することは出来た。
想像出来れば、そうなっている世界は存在する。これは確実だ。
そして、どういうわけか、彼は、その「天国のような」世界と同調してしまったのだ。
おそらく、想像が鮮明になり、「うれしいなあ!楽しいなあ!」と思ったのだ。
それで、その世界との同調が起こり、移行してしまったのである。
それで、どうイメージすれば良いかだが、誤解している人が多い。
具体的に、詳細にイメージしなければならないと言う人が多いが、そんなのは無理だ。
それに、具体的にイメージ出来ることなんか起こっても、嬉しくも楽しくもないじゃないか?
正しいやり方はこうだ。
大雑把でも、現実離れしていてもいいから、カラーで、大きく、近く・・・というか、自分がその中に居るようイメージするのだ。
多くの人は、モノクロで、狭く、遠くにイメージしてしまうのだ。
特に、自分とは不釣り合いと思える願いではね。
そして「嬉しいなあ、幸せだなあ」と思いながらだと、カラーで、大きく、近くにイメージし易く、すると、そうなった世界とシンクロ(同調)し、瞬間でその世界に行くのである。








  
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