強制されず、脳機能が大きく衰えたわけでもない状態で、想念を起こさずにいると、潜在意識は特別な希望を意識の中に送り込んでくる。
その希望に対し、エゴが邪魔をしなければ、その希望が叶う。
お金や虚栄心のために何かになりたいとか、何かが欲しいというエゴの願望と違い、想念がない中で潜在意識から送られた願いは絶対である。
潜在意識から送られてくる願いは、エゴの願いとは異なるかもしれないが、はるかに良いもので、はるかに大きな満足を与えてくれる。
難しいのは、想念を消すことだ。
それには、今やっていることに全集中する中今の状態であれば良いが、仏教の修行の中に、「数息観」という、それを簡単に行えるものがあるので、今回はそれをご紹介する。
やり方はごく簡単だ。
座って行うが、別に、坐禅の座り方や静坐をする必要はない。
ソファにゆったり座ってやっても良い。
だが、現代人に多い、あまりにだらしない座り方は避けるべきである。しかし、それさえ出来れば良いのだ。
実際のところ、一番良いのは、あまり柔らかくない椅子に背筋を伸ばして座ることだ。ただし、姿勢を良くし過ぎて緊張してもならず、リラックスして適度に姿勢を正すことだ。
もちろん、床の上であぐらをかいても良く、多少は構わないが、あまりに猫背にならないことだ。
そして、数息観に入る。やり方は、だいたい合っていればそれで良い。
息をやや短く、大きく吸う。ただ、吸い過ぎてはならず、気持ちの良い範囲でいっぱいに吸う。
そして、細く長く息を吐きながら、「ひとーつ」と心の中で数える。
これも、極端に細く長く吐く必要はなく、適度にやる。
息を吐き切るまで吐くが、無理に完全に吐き切る必要はなく、だいたい吐き切れば良い。
まあ、とにかく、全体的に、適当で良いのである。
息を吐き切ったら、また、やや短く、いっぱいに吸う。
そして、今度は「ふたーつ」と心で数えながら、また、細く長く吐く。
これを、「みーっつ」「よーっつ」「いつーつ」「むーっつ」「ななーつ」「やーっつ」「ここのーつ」「とおー」と、十回繰り返す。
十回をワンセットとし、何回か行う。
実を言えば、上に書いたやり方は、単にやりやすいという理由で挙げただけで、ただ、「ゆっくり息をし、吐く時に数を心で数えることを十回繰り返す」さえやれば、後は、どうでも良いと言えばどうでも良い。
それよりも大切なことは、全集中してやるということだ。
集中せずにやると、よそ事を考え、十まで数えるはずが、20や30まで数えてしまう。
お坊さんによっては、「11以上数えないことはとても難しい」と言うが、「そんな馬鹿な」である。
細かいやり方はどうでも良いので、とにかく、呼吸とその数を数えることに全集中しなければ、やる意味は全くない。
お寺などでは、修行だ、お勤めだとか言って、堅苦しく、形式ばかり重んじてやるから、やる意義を感じられず集中も出来ないのだ。
形式などはどうでも良く、全力で集中してやれば引き寄せの力が得られるのであり、それが目的なのだ。
そう思えば、やる気も出て、集中は難しくない。
それを、間違えて禅の修行だと思ってやるから、よそ事を考えてしまうのだ。
何かに全力で集中すれば想念が消え、潜在意識とつながり、引き寄せの力が高まる。
そして、呼吸に集中することが最も効果があるのである。
なぜなら、呼吸が静まった時は心が静まり、心が静まった時は呼吸が静まるというふうに、呼吸と心は密接な関係があるからである。
心が静まった時とは、即ち、想念が少ない時であり、数息観を続ければ、ますます想念が消える。
数息観を何セットやるかに決まりはない。
だが、やればやるほど想念が消え、引き寄せが出来るのだから、多くやることは楽しいと思う。
その希望に対し、エゴが邪魔をしなければ、その希望が叶う。
お金や虚栄心のために何かになりたいとか、何かが欲しいというエゴの願望と違い、想念がない中で潜在意識から送られた願いは絶対である。
潜在意識から送られてくる願いは、エゴの願いとは異なるかもしれないが、はるかに良いもので、はるかに大きな満足を与えてくれる。
難しいのは、想念を消すことだ。
それには、今やっていることに全集中する中今の状態であれば良いが、仏教の修行の中に、「数息観」という、それを簡単に行えるものがあるので、今回はそれをご紹介する。
やり方はごく簡単だ。
座って行うが、別に、坐禅の座り方や静坐をする必要はない。
ソファにゆったり座ってやっても良い。
だが、現代人に多い、あまりにだらしない座り方は避けるべきである。しかし、それさえ出来れば良いのだ。
実際のところ、一番良いのは、あまり柔らかくない椅子に背筋を伸ばして座ることだ。ただし、姿勢を良くし過ぎて緊張してもならず、リラックスして適度に姿勢を正すことだ。
もちろん、床の上であぐらをかいても良く、多少は構わないが、あまりに猫背にならないことだ。
そして、数息観に入る。やり方は、だいたい合っていればそれで良い。
息をやや短く、大きく吸う。ただ、吸い過ぎてはならず、気持ちの良い範囲でいっぱいに吸う。
そして、細く長く息を吐きながら、「ひとーつ」と心の中で数える。
これも、極端に細く長く吐く必要はなく、適度にやる。
息を吐き切るまで吐くが、無理に完全に吐き切る必要はなく、だいたい吐き切れば良い。
まあ、とにかく、全体的に、適当で良いのである。
息を吐き切ったら、また、やや短く、いっぱいに吸う。
そして、今度は「ふたーつ」と心で数えながら、また、細く長く吐く。
これを、「みーっつ」「よーっつ」「いつーつ」「むーっつ」「ななーつ」「やーっつ」「ここのーつ」「とおー」と、十回繰り返す。
十回をワンセットとし、何回か行う。
実を言えば、上に書いたやり方は、単にやりやすいという理由で挙げただけで、ただ、「ゆっくり息をし、吐く時に数を心で数えることを十回繰り返す」さえやれば、後は、どうでも良いと言えばどうでも良い。
それよりも大切なことは、全集中してやるということだ。
集中せずにやると、よそ事を考え、十まで数えるはずが、20や30まで数えてしまう。
お坊さんによっては、「11以上数えないことはとても難しい」と言うが、「そんな馬鹿な」である。
細かいやり方はどうでも良いので、とにかく、呼吸とその数を数えることに全集中しなければ、やる意味は全くない。
お寺などでは、修行だ、お勤めだとか言って、堅苦しく、形式ばかり重んじてやるから、やる意義を感じられず集中も出来ないのだ。
形式などはどうでも良く、全力で集中してやれば引き寄せの力が得られるのであり、それが目的なのだ。
そう思えば、やる気も出て、集中は難しくない。
それを、間違えて禅の修行だと思ってやるから、よそ事を考えてしまうのだ。
何かに全力で集中すれば想念が消え、潜在意識とつながり、引き寄せの力が高まる。
そして、呼吸に集中することが最も効果があるのである。
なぜなら、呼吸が静まった時は心が静まり、心が静まった時は呼吸が静まるというふうに、呼吸と心は密接な関係があるからである。
心が静まった時とは、即ち、想念が少ない時であり、数息観を続ければ、ますます想念が消える。
数息観を何セットやるかに決まりはない。
だが、やればやるほど想念が消え、引き寄せが出来るのだから、多くやることは楽しいと思う。
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