最近、神呪、まじない、真言、言霊のことを書いているが、これらについては、こんな面倒なことがある。
「アマテラスオオミカミ」は間違いで「アマテラスオホミカミ」が正しいとか、「トホカミエミタメ」が正しく「トオカミエミタメ」と唱えてはいけないとか。
しかし、「トホカミエミタメ」を調べてみたら、これは、正しくは「トホカミヱヒタメ」だという文献もある。
あるいは、書く時は「アマテラスオホミカミ」でないといけないが、読む時は「アマテラスオオミカミ」で良いと言う人があれば、読む時も、「アマテラスオホミカミ」でないといけないと言う人もいる。
けれども、いずれも、元々はひらがなやカタカナで書かれていたわけではないので、どれが本当かは分からないと思う。
たとえば、古事記のような昔の文献は、本当はどんな発音で読まれていたかは分からないのだそうだ。

こんな話がある。
大昔、文字も読めないようなお婆さんが、大日如来真言「オビラウンケン」を「油売ろうか」と覚え、唱えていたが、霊験あらたかでよく効いた。
しかし、僧から、「アビラウンケンが正しいのだ」と正されてからは効かなくなったという。
そもそもが、「アビラウンケン」だって、サンスクリット語の「アヴィラフーンカン」を、中国人が改変したものであるのだから、「油売ろうか」と大差ないように思う。また、日本の僧にだって「アビラウンキャン」と唱えた者も多かったのである。
最近、「サムハラ」の御札の人気があり、これを神呪として唱えることもあるが、これだって、本当は「サンバラ」だとか「シャンバラ」だとも言われる。
しかし、「サムハラ」でちゃんと効果があるし、他の唱え方でも同様と思う。

私に関して言えば、十言の神呪(とことのかじり)は、文字で書く時は、一応、「アマテラスオホミカミ」とするが、唱える時は「アマテラスオオミカミ」としている。唱える際、「アマテラスオホミカミ」では、むしろ、不自然に感じるからだ。
「候ふ(ありますの意)」も、ひらがなでは「さうらふ」と書くが、まさか、そのまま「さうらふ」とは読むまい。「そうろう」と読むはずだ。

呪文、まじないは、信じて唱えるとよく効く。
私は、子供の時、どこで覚えたのか、「なむさん(南無三)」という言葉を呪文としてよく唱えたが、いつも効果抜群で、あり得ないことが起こった。
たとえば、学校帰りに、寄り道しながら、人のいない方いない方と歩き、ある四つ角に出る時「なむさん」と唱えると、そこに、憧れのあの子がいた。
その子は私を見ると、気さくに「〇〇君!」と言う。
私は、さらに、ごく小さな声で「なむさん」を唱え、遠慮勝ちに彼女に近付くと、なぜか、2人で空き地を探検し始め、密着しまくりだった(笑)。ちなみに、それまで、彼女と口を利いたことすら、ほとんどなかった。

その後も、いろんな呪文を唱えたが、自分が気に入るものなら、何でも効いたし、いまいちフィーリングが合わなければ、あまり効かなかった。
真面目に唱えれば、何でも良いのではないかと思う。








  
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