想像上のトレーニングを行うことで、実際にスポーツの技能を向上させることが出来るという科学的研究報告があると思う。
私も、書籍では、どの大学の何という研究者の研究報告なのかを明記されたものもいくつか見た覚えがある。
そのような研究で行われる例として、バスケットボールのフリースローを、ボールがバスケットに入るシーンをイメージして行う場合と、そうでない場合で、成功率の変化があるか実験するというものがある。ボールがバスケットに入ることをイメージした場合の方が、有意に成功率が高かったという報告があるようだ。
そういったものとは異なるが、サイコロを投げて特定の目が出ることをイメージしたり、あるいは、コインを投げて表か裏が出ることをイメージしたら、イメージしたものが出る確率が上がるかを検証するといったことは、かなり行われていると思う。
これは、スポーツではなく、超心理学における念力の実験であるが、有意に確率を超えた結果が出たという報告は、公式にはないと思う。
私は、サイコロやコインの実験をした覚えはないが、サイコロの特定の目を100回連続で出すのに引けを取らないほどのことなら、何度も行っている。
例えば、時々書いたが(私が子供の時にやったことだ)、以前見たテレビドラマの特定の回を、ほとんどその場で放送させるといったもので、私は何度も成功した・・・と言うより、試みて失敗した覚えがない。
この場合、私に、「是非、放送させて録画したい」というパッション(情熱)があったことが、サイコロ実験とは相当異なる。
サイコロ実験でも、成功させたいと思う気持ちは起こるだろうが、それほど強いものではないはずだ。
ただ、サイコロ勝負で勝った場合に得られる褒美が、非常に欲しいものである場合は、パッションが起こり、凄い結果が出るかもしれない。
ドストエフスキーの『賭博者』では、ルーレットでゼロに賭け続けて大勝した老婆の話があるが、ギャンブラーには、無敗伝説を持つ者がいる。
ただ、そんな無敵のギャンブラーは、滅多に勝負をせず、また、特定の条件を用いるもののようだ。
例えば、ギャンブルが大好きな宗教人類学者である植島啓司さんの何かの本で読んだが、ある無敗のギャンブラーの場合、「相手にとって人生を賭けるほどの金額である」ことと「相手に選ばせる」という条件があるそうだが、とにかく、それで負けはないらしい。
ところで、私は、中学1年生の時、内容は忘れたが、コインを使った1人遊びのゲームを考案したことがある。
単純なゲームで、勝率は50%になることは明確だったが、単純なコイン投げより多少は面白いので、暇つぶしが出来た。
ところが、おかしなことが起こった。
ある夜に、そのゲームをやったのだが、いつまでやっても勝ち続けるのである。
確かに、精神的にゾーンに入っていたかもしれない。
29連勝ほどしたと思うが、単純にコインを投げて29回連続で表を出すのと実質的に変わらない。
私は、ちょっと恐ろしくなったのと、疲れたこともあり、29回で止めたのだと思う。
後に再度やってみたら、確かに、ほぼ勝率5割で、むしろ、負けが多くなったので、やはり、勝率の偏りはないゲームだったと思う。
この出来事も、私にとっては、幼い時からの、私の異常な引き寄せ能力を実証していた。
まあ、公には証明出来ないが、私にとっては十分な、引き寄せ能力の確認だった。
そして、私は、幼い時から、メンタルトレーニング的なことはやっていたと思うのである。
それは、上で挙げたような、サイコロを転がしたり、コインを投げたりといったものとは異なる。
そんなものは、面白くなくて駄目なのである。
トレーニングの中には、自分では簡単にやれるが、やり方を説明するのがひどく難しいものもある。
その中で、誰でも出来るし、やったことがある人も多そうなものに、向こうを向いている人に念を送って振り返らせるというものがある。
私は出来て当たり前だと思っていたが、練習しているうちにコツを掴んだのかもしれない。
どんなトレーニングをすれば良いかは、自分で面白いと思うことをやれば良いと思う。
幼い子供が思いつくもので十分なのである。大切はことは、少しは面白いと思えるものであることだ。
金儲けで引き寄せの指導をしている者が教えるトレーニングなど、うんざりするほど面白くないはずだ。
福音書や古事記やギリシャ神話を読み、イエスや神様の真似を、自分に出来る範囲でやってみると良いと思う。
私も、書籍では、どの大学の何という研究者の研究報告なのかを明記されたものもいくつか見た覚えがある。
そのような研究で行われる例として、バスケットボールのフリースローを、ボールがバスケットに入るシーンをイメージして行う場合と、そうでない場合で、成功率の変化があるか実験するというものがある。ボールがバスケットに入ることをイメージした場合の方が、有意に成功率が高かったという報告があるようだ。
そういったものとは異なるが、サイコロを投げて特定の目が出ることをイメージしたり、あるいは、コインを投げて表か裏が出ることをイメージしたら、イメージしたものが出る確率が上がるかを検証するといったことは、かなり行われていると思う。
これは、スポーツではなく、超心理学における念力の実験であるが、有意に確率を超えた結果が出たという報告は、公式にはないと思う。
私は、サイコロやコインの実験をした覚えはないが、サイコロの特定の目を100回連続で出すのに引けを取らないほどのことなら、何度も行っている。
例えば、時々書いたが(私が子供の時にやったことだ)、以前見たテレビドラマの特定の回を、ほとんどその場で放送させるといったもので、私は何度も成功した・・・と言うより、試みて失敗した覚えがない。
この場合、私に、「是非、放送させて録画したい」というパッション(情熱)があったことが、サイコロ実験とは相当異なる。
サイコロ実験でも、成功させたいと思う気持ちは起こるだろうが、それほど強いものではないはずだ。
ただ、サイコロ勝負で勝った場合に得られる褒美が、非常に欲しいものである場合は、パッションが起こり、凄い結果が出るかもしれない。
ドストエフスキーの『賭博者』では、ルーレットでゼロに賭け続けて大勝した老婆の話があるが、ギャンブラーには、無敗伝説を持つ者がいる。
ただ、そんな無敵のギャンブラーは、滅多に勝負をせず、また、特定の条件を用いるもののようだ。
例えば、ギャンブルが大好きな宗教人類学者である植島啓司さんの何かの本で読んだが、ある無敗のギャンブラーの場合、「相手にとって人生を賭けるほどの金額である」ことと「相手に選ばせる」という条件があるそうだが、とにかく、それで負けはないらしい。
ところで、私は、中学1年生の時、内容は忘れたが、コインを使った1人遊びのゲームを考案したことがある。
単純なゲームで、勝率は50%になることは明確だったが、単純なコイン投げより多少は面白いので、暇つぶしが出来た。
ところが、おかしなことが起こった。
ある夜に、そのゲームをやったのだが、いつまでやっても勝ち続けるのである。
確かに、精神的にゾーンに入っていたかもしれない。
29連勝ほどしたと思うが、単純にコインを投げて29回連続で表を出すのと実質的に変わらない。
私は、ちょっと恐ろしくなったのと、疲れたこともあり、29回で止めたのだと思う。
後に再度やってみたら、確かに、ほぼ勝率5割で、むしろ、負けが多くなったので、やはり、勝率の偏りはないゲームだったと思う。
この出来事も、私にとっては、幼い時からの、私の異常な引き寄せ能力を実証していた。
まあ、公には証明出来ないが、私にとっては十分な、引き寄せ能力の確認だった。
そして、私は、幼い時から、メンタルトレーニング的なことはやっていたと思うのである。
それは、上で挙げたような、サイコロを転がしたり、コインを投げたりといったものとは異なる。
そんなものは、面白くなくて駄目なのである。
トレーニングの中には、自分では簡単にやれるが、やり方を説明するのがひどく難しいものもある。
その中で、誰でも出来るし、やったことがある人も多そうなものに、向こうを向いている人に念を送って振り返らせるというものがある。
私は出来て当たり前だと思っていたが、練習しているうちにコツを掴んだのかもしれない。
どんなトレーニングをすれば良いかは、自分で面白いと思うことをやれば良いと思う。
幼い子供が思いつくもので十分なのである。大切はことは、少しは面白いと思えるものであることだ。
金儲けで引き寄せの指導をしている者が教えるトレーニングなど、うんざりするほど面白くないはずだ。
福音書や古事記やギリシャ神話を読み、イエスや神様の真似を、自分に出来る範囲でやってみると良いと思う。
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