昨日の2つの記事が非常に重要であると思い、簡潔にまとめ、実践し易いようにしようと思う。
また、これを見れば、「創造主になる方法」という言い方が不遜でないことが分かると思う。

(1)この世は漫画(小説、アニメ、映画、劇、紙芝居でも良い)で、我々は漫画の登場人物である。
(2)この世という漫画の作者がいて、作者がストーリーを作る。
(3)漫画の登場人物の心は作者の心の一部である。作者は登場人物になり切って、登場人物に心を注ぎ込む。主役に近い登場人物ほど、作者は多く心を注ぐ。
(4)登場人物は、世界で起こること、なりゆきが自分の意思であると見なせば、出来事やなりゆきを作っている作者に近付く。宗教で言う「人が神に近付く」ということである。
(5)作者に近付けば、自分と作者が一緒に、出来事やなりゆきを作っていることが分かってくる。
(6)端的に言えば、自分は作者であり、出来事やなりゆきを自分が作ってると言える。
(7)自分が作者であれば、後悔、不満は無いし、泣き言を言うことも、言い訳をすることも、欲張ることも、あるはずがないと分かる。
(8)自分が作者により近づき、作者の特性(後悔しない、不満を持たない、泣き言を言わない、言い訳をしない、欲張らない)が強くなるほど、主役に近付く。
(8)作者の心は計り知れないが、推測するに、作者の心は健康であり、作者の分身である主役は不幸にならず、いつも陽気である。
(9)つまるところ、静かに笑うことが、主役の証である。

まとめ過ぎたり、実践項目重視で書くと、古代の掟のように、やたら謎めき、やたら厳格で、また、すぐに時代に合わなくなり、重視されても、宗教的、権威的になるので、この程度が良いと思う。
宗教などの行は、つまるところ、自分が作者であることを思い出すためにやるのである。
行とは、いつも行うものである。
例えば、「腹に力を込める」「肛門を引き締める」「ヘソの周辺が燃えていることを想像する」「微かな呼吸をする」「額に意識を集中する」「マントラを唱える」「念仏を唱える」「聖典を常に読む」「腕振り運動をする」「ヨガを行う」などで、1つをやれば良い。だが、静かに笑うことが最上であり、他のどれかと組み合わせても良い。
また、上の9項目が了解されるなら、ラマナ・マハルシが教えた「私は誰か?」と問うのは、あまりに的確であることが分かり、成果が出るだろう。








  
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