「負けるが勝ち」
「災い転じて福となす」
「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
「失敗は成功の母」
「急がば回れ」
「塞翁が馬」
「良薬口に苦し」
「勝つと思うな思えば負けよ」
といった、マイナスを肯定する言葉は多い。
これらを「負け惜しみ」とか「結果論」と捉えることもあると思う。
だが、所詮、人間は失敗しなければ分からないことが多いのである。
順調に勝っているうちは進歩は少ないが、負けてこそ大きな進歩がある。
弱い相手に勝っても、自信は得られるかもしれないが、大きくは飛躍せず、強い相手にガツンと負けてからブレイクするものなのである。
または、こんなことも言えるかもしれない。
「負けた方が良かった」というもので、上の言葉で言えば、「災い転じて福となす」が当てはまるかもしれない。
例えば、ある会社の就職試験に落ちてガッカリしていたら、後で、その会社はヤバい会社だと分かったとか、しばらくしたら倒産するなどである。
学校にしろ、会社にしろ、本命に落ちて仕方なく入ったところの方が、後で考えたら良かったということは多い。
他にも、可愛い女の子に告白して振られ、落ち込んでいたが、しばらくしたら、もっと可愛い女の子が現れ、今度は彼女に出来たとか、自分を振った子が、実は悪い女だったというものが・・・よくある(笑)。
負けてサバサバするという場合がある。
これは、ひょっとしたら、意識では勝ちたいと思っていたが、潜在意識の方では負けたいと思っていたのかもしれない。
つまり、本心では、勝ちたいとは思っていなかったということだ。
実は、そんなことは、思っているより多いかもしれない。
これは、成功した経営者から直接聞き、聞いた時は意味が分からなかったが、印象深く覚えていたから真理に違いない・・・と勝手に思っていることだ(笑)。
その人は、相撲に喩えて、こう言っていた。
「最初は15戦全勝を目指していたが、やがて8勝7敗なら良いと思うようになった。今は1勝14敗でも良いと思う」
まあ、分からないまま、忘れられずに覚えていたが、ある時、相撲絡みでこんな話を見た。
大相撲の横綱だったが、格闘技に転向して以来、全敗だった曙について、アントニオ猪木さんが言ったことだ。
「百回負けたっていい。1勝すればいいんだ」
いや、これも、意味が分からないまま覚えていたのだが(笑)。
『スター・トレック』で、あのミスター・スポックが、他の男と、女を争って戦ったことがあった。
敗れた後で、スポックが勝った男に言った。
「どれほど望んだものでも、得てしまえばさほどでもない」
徳川家康は、三方ケ原の戦いの負けた時、敗因は自分の慢心であることを痛感し、戒めとして、絵師に「しかみ像」を描かせたという。
まあ、この話は信憑性がないとも言われるが、家康らしい話だから伝わったのだと思う。
家康も、負けを味わったからこそ賢くなったに違いない。
負け癖がついてもいけないことは確かで、そこらは微妙な点もあるが、「負けてやる」ことも必要だ。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長が、講演で、「ミュージシャン志望の人達が、夢を叶えようと東京に行くが、30歳くらいで諦めて帰ってくるのをよく見た。しかし、それからやり直すのはキツイ」という話を挙げ、「夢に人生を賭けるな」といったことを言われるのを聞いたことがある。
別に、チャレンジがいけないと言っているわけではないだろうから微妙ではある。
それこそ、「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」で、成功したミュージシャンなんて、たまたま成功したから良いようなものの、失敗して人生を棒に振ったかもしれない・・・あるいは、たとえ才能があっても、それが(失敗して人生を棒に振ることが)普通と思う。
だが、無鉄砲に夢に人生を賭ける者って、「ちゃんと負けを経験していない」のである。
ちょっと可愛いからってチヤホヤされ、それで身の程知らずにもアイドルになろうとして悲惨な目に遭うなんてのも、そんな人かもしれない。
いつも言うが、自分は漫画のキャラクターだ。
そう思って客観視すれば、自分がロックスターの器か、スーパーアイドルほどの玉かは分かる。
勝って見えるものは少ないが、負けて分かることが本当のことだ。
小さく負けた時にちゃんと学べば、大きな勝ちに導かれる。
負けた時は、シャンとしなければならない。
つまり、顔を上げるべきである。
「災い転じて福となす」
「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
「失敗は成功の母」
「急がば回れ」
「塞翁が馬」
「良薬口に苦し」
「勝つと思うな思えば負けよ」
といった、マイナスを肯定する言葉は多い。
これらを「負け惜しみ」とか「結果論」と捉えることもあると思う。
だが、所詮、人間は失敗しなければ分からないことが多いのである。
順調に勝っているうちは進歩は少ないが、負けてこそ大きな進歩がある。
弱い相手に勝っても、自信は得られるかもしれないが、大きくは飛躍せず、強い相手にガツンと負けてからブレイクするものなのである。
または、こんなことも言えるかもしれない。
「負けた方が良かった」というもので、上の言葉で言えば、「災い転じて福となす」が当てはまるかもしれない。
例えば、ある会社の就職試験に落ちてガッカリしていたら、後で、その会社はヤバい会社だと分かったとか、しばらくしたら倒産するなどである。
学校にしろ、会社にしろ、本命に落ちて仕方なく入ったところの方が、後で考えたら良かったということは多い。
他にも、可愛い女の子に告白して振られ、落ち込んでいたが、しばらくしたら、もっと可愛い女の子が現れ、今度は彼女に出来たとか、自分を振った子が、実は悪い女だったというものが・・・よくある(笑)。
負けてサバサバするという場合がある。
これは、ひょっとしたら、意識では勝ちたいと思っていたが、潜在意識の方では負けたいと思っていたのかもしれない。
つまり、本心では、勝ちたいとは思っていなかったということだ。
実は、そんなことは、思っているより多いかもしれない。
これは、成功した経営者から直接聞き、聞いた時は意味が分からなかったが、印象深く覚えていたから真理に違いない・・・と勝手に思っていることだ(笑)。
その人は、相撲に喩えて、こう言っていた。
「最初は15戦全勝を目指していたが、やがて8勝7敗なら良いと思うようになった。今は1勝14敗でも良いと思う」
まあ、分からないまま、忘れられずに覚えていたが、ある時、相撲絡みでこんな話を見た。
大相撲の横綱だったが、格闘技に転向して以来、全敗だった曙について、アントニオ猪木さんが言ったことだ。
「百回負けたっていい。1勝すればいいんだ」
いや、これも、意味が分からないまま覚えていたのだが(笑)。
『スター・トレック』で、あのミスター・スポックが、他の男と、女を争って戦ったことがあった。
敗れた後で、スポックが勝った男に言った。
「どれほど望んだものでも、得てしまえばさほどでもない」
徳川家康は、三方ケ原の戦いの負けた時、敗因は自分の慢心であることを痛感し、戒めとして、絵師に「しかみ像」を描かせたという。
まあ、この話は信憑性がないとも言われるが、家康らしい話だから伝わったのだと思う。
家康も、負けを味わったからこそ賢くなったに違いない。
負け癖がついてもいけないことは確かで、そこらは微妙な点もあるが、「負けてやる」ことも必要だ。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長が、講演で、「ミュージシャン志望の人達が、夢を叶えようと東京に行くが、30歳くらいで諦めて帰ってくるのをよく見た。しかし、それからやり直すのはキツイ」という話を挙げ、「夢に人生を賭けるな」といったことを言われるのを聞いたことがある。
別に、チャレンジがいけないと言っているわけではないだろうから微妙ではある。
それこそ、「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」で、成功したミュージシャンなんて、たまたま成功したから良いようなものの、失敗して人生を棒に振ったかもしれない・・・あるいは、たとえ才能があっても、それが(失敗して人生を棒に振ることが)普通と思う。
だが、無鉄砲に夢に人生を賭ける者って、「ちゃんと負けを経験していない」のである。
ちょっと可愛いからってチヤホヤされ、それで身の程知らずにもアイドルになろうとして悲惨な目に遭うなんてのも、そんな人かもしれない。
いつも言うが、自分は漫画のキャラクターだ。
そう思って客観視すれば、自分がロックスターの器か、スーパーアイドルほどの玉かは分かる。
勝って見えるものは少ないが、負けて分かることが本当のことだ。
小さく負けた時にちゃんと学べば、大きな勝ちに導かれる。
負けた時は、シャンとしなければならない。
つまり、顔を上げるべきである。
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