万事休す、絶体絶命という状況は、突然にやって来るものではない。
もし、突然に起こったように見えても、実際は予兆があるものだし、多くの場合は、後で考えたら、かなり明確な予兆があり、原因だって明白なのだ。
普通の人の絶体絶命というのは、せいぜいが、仕事の締切期限に間に合わないというものが多いが、そうなる原因は、ほとんどが怠慢だ。
問題を先送りしているうちに、二進も三進もいかなくなっただけなのだが、そんなものが、国家レベルですら多くある。
そうなった時、責任が誰にあるかは分かり切っているものだが、責任のなすり付け合いをすることが多い。
第二次世界大戦の時の日本でもそうだった。
今回の、ロシアによるウクライナ侵攻も、突然に起こったことではない。誰に責任があるかは、一般に明らかかどうかは分からないが、明白であることは間違いない。
将来、日本が、どこかの国に侵略されるとしても、それはもう絶対に突然に起こることではなく、誰か(何人かは分からないが)の怠慢が原因である。

天下国家のことはともかく、個人において、支払いが出来ないとか、仕事の期限を守れない時、責任は自分にある。
学校の夏休みの宿題というのは、学習効果に関しては疑問があるが、夏休み最終日に仕上がらず、まずいことになったとしたら、それは自分の責任であるということを理解するためには良い教材である。
だから、夏休みの宿題を提出日に間に合わなかった生徒を単に叱責するのではなく、何が原因であるかをきちんと教えれば有益であるのに、大半の教師は馬鹿だから、そんなまともなことが出来ない。

人間は、ある意味で臆病であるのが良い。
例えば、仕事の締切に遅れることで発生する苦痛を強く恐れれば、間に合うように必死でやるものである。
私も、3か月納期の仕事でも、1か月で終わらせてしまうことがよくある。それほど、納期に遅れることが恐いのである。
しかし、1人でやることであれば、自分が頑張れば良いのだが、グループでやる仕事では、チームに怠慢な者がいるせいで、なかなか計画通りに進まないことがある。
そんな怠慢な人間も、何とか役に立たせるのが良いリーダーなのだろうが、私は忍耐強くなく、怠慢なやつは(すぐに分かる)最初からチームに入れないし、いたら全力で追い出す。
追い出せない場合、自分が去ることも厭わない。

ところで、気乗りがしなかったり、活力を奪われる出来事や心配事のために、仕事の進捗がはかどらず、絶体絶命が見えて来ることもある。
それは、悪魔の策略かもしれないし、悪霊に憑りつかれたせいかもしれない(笑)。
そんな時は、どうするのか?
まず、何より、責任は百パーセント自分にあると認め、言い訳をせず、文句を言わないことだ。
そうであれば、「神様の奇跡が起こる」と唱えれば、この言葉が霊気を持つ。
何もない時に、「神様の奇跡が起こる」と唱えても、長続きしないし、言葉にエネルギーがない。
しかし、ピンチの時、言い訳をせず、文句を言わずに、ただ、この言葉を唱えるなら奇跡は起こる。
これが、「神様の奇跡が起こる」の正しい使い方である。

※神様の奇跡が起こる
著名な教育学者、七田眞氏の著書『奇跡の超「右脳」開運法』に出てくる魔法の口ぐせ。
あるホームレスの男性が、この言葉を1日中唱えていたら、2週間後、1憶円の宝くじに当選し、ローマ法王に謁見する機会を得る。
さらに、唱えていたら、再度、1憶円が当たった。
七田氏は、この話は事実であると明言している。








  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ