子供の夢というものがある。
サッカーや野球が好きな少年が、将来、それらの競技のプロになるというようなもので、叶う確率は、ほぼゼロなのだが、小中学生が、そんな夢を持ってやっているというのは悪いことではない。
それに、確率は低いとはいえ、全くゼロではないし、一流のプロでも、小学生や中校生の時、必ずしも天才的という程でもなかった者もいると思う。
今は少なくなったように思うが、昔は、ポップソングやアニメソングで、「叶わない夢はない」と高らかに歌う歌がヒットし、それに影響されて人生を誤った者も多いと思う。
しかし、高校生にもなり、多少は将来の進路も考えないといけない時に、希望はプロサッカー選手1本というのは困る。
そして、日本ではそうではないが、実際は、高校生なら、かなり具体的な将来のビジョンを持っているべきである。
もし、プロになりたいなら、プロやプロ候補とはどんなものかを、さっさと見に行けば良いのだし、そうすれば、すぐ諦めがつくだろうし、それをしていないという時点で、プロ向きとは言えないかもしれない。
会社員にも、いつかはスター歌手や、人気作家に・・・という妄想を持っている者も少なくないが、実際に、そんな(ただの会社員が歌手になった等)前例があるから厄介だった。
しかし、それはもう昔の話だ。
昔と違い、今は、音楽家志望、画家志望、作家志望等の者は、ネットに作品を公開し、そこからきっかけを掴めることもあるが、これには、もう1つの面がある。
即ち、才能のあるなしが、はっきりしてしまうことだ。
ところが、全然注目されない絵や小説や音楽を、いつまでもネットで発表し続け、諦めずに「いつかは」と思っている者はやはりいる。
若くて伸びしろがあるとしても、才能というか、センスのあるなしが、絶対とは言えないまでも、ネットでは明らかになるものである。
昔は、ゴッホやセザンヌ、その他大勢の天才画家達が、さっぱり認められず、ゴッホなどは、生前は1枚の絵も売れなかったが、当時は、特定の種類の者達が絵の評価をしていたという事情があったのであり、現代であれば、ゴッホもセザンヌも、若いうちから成功して金持ちになっていたと思う。
しかし、昔であろうが、今であろうが、才能のない者は駄目で、現代は、ネットが、才能がないことを残酷に突きつける。
まあ、才能があっても、トランプ支持者やワクチン否定派であれば、AIにネットから抹殺されるといった、新たな問題もあるかもしれないので、そこらは注意した方が良いかもしれない。
ここまでなら、割合に普通の話と思う。
だが、長年、ネット小説を書いても、全く注目されなかったとか、YouTubeの再生数がさっぱり伸びないといった場合でも、やりようがある。
ただし、そんな者達が、普通に作品を投稿したって駄目である。
どうすれば良いか?
変わったことをやれば良いのである。
ただし、その変わったことが、昨日も書いたが、「斜め上を行く」ものでなければならず、それは、誰にも予想出来ないものだということだ。
人に予想出来ることをやっては駄目なのだ。
これについては、私はたびたび引用する好きな話がある。
アメリカの小柄な女性高校教師の話だ。
彼女は、手の付けられない不良男子高校生の担任にさせられてしまう。
その不良は、怪力の持ち主でもあり、何人もの教師を病因送りにしていた。しかし、何かの事情で、停学にはなっても退学にはならずにいた。
その女性教師は、校外の人のいない駐車場で、その不良にバッタリ会ってしまう。
こんな時、この不良は、ニヤニヤしながら、教師にこう尋ねるのだ。
「俺があんたを殴ったらどうなると思う?」
これまでの教師は全て、
「停学か退学になる」
と答え、その答が正しいことを証明してしまった(笑)。
そして、そんな答は、この不良だって知ってる。
そんな答をしてどうする、馬鹿者(笑)。
だが、この女性教師は、スーパー精神科医ミルトン・エリクソンの娘だった。
彼女は、こう叫んだ。
「お前を殺してやる!」
間髪を入れず、
「そこに座れ!」
と命じ、予想外の言葉で説教した。
以降、卒業するまで、この不良(すぐ不良でなくなったが)は、彼女を他の不良達から守ってくれた。
画家であれば、作品を認められない、売れたいと思うだろう。
しかし、岡本太郎は、常にこう言った。
「認められなくていい。いや、認められてたまるか」
「売れなくていい。いや、売ってたまるか」
「嫌われてもいい。いや、嫌われなくてはならない」
これですら、斜め上を行くスピリットとしては、せいぜいが、ギリギリ合格というところかもしれない。
才能のない者lは、たとえば、野球の投手で、ナックルボール(特殊な変化球の1つ)だけで勝負するといったように、何か1つを磨く場合が多い。
これについても、好きな引用があるが、長くなるので省く。
だが、昨日も上げた、次の言葉を覚えておくと良い。
二つ目を捨てろ 予想外になれ
軌道を外れて...
~『キレキャリオン』(ポリスピカデリー feat.初音ミク)より~
サッカーや野球が好きな少年が、将来、それらの競技のプロになるというようなもので、叶う確率は、ほぼゼロなのだが、小中学生が、そんな夢を持ってやっているというのは悪いことではない。
それに、確率は低いとはいえ、全くゼロではないし、一流のプロでも、小学生や中校生の時、必ずしも天才的という程でもなかった者もいると思う。
今は少なくなったように思うが、昔は、ポップソングやアニメソングで、「叶わない夢はない」と高らかに歌う歌がヒットし、それに影響されて人生を誤った者も多いと思う。
しかし、高校生にもなり、多少は将来の進路も考えないといけない時に、希望はプロサッカー選手1本というのは困る。
そして、日本ではそうではないが、実際は、高校生なら、かなり具体的な将来のビジョンを持っているべきである。
もし、プロになりたいなら、プロやプロ候補とはどんなものかを、さっさと見に行けば良いのだし、そうすれば、すぐ諦めがつくだろうし、それをしていないという時点で、プロ向きとは言えないかもしれない。
会社員にも、いつかはスター歌手や、人気作家に・・・という妄想を持っている者も少なくないが、実際に、そんな(ただの会社員が歌手になった等)前例があるから厄介だった。
しかし、それはもう昔の話だ。
昔と違い、今は、音楽家志望、画家志望、作家志望等の者は、ネットに作品を公開し、そこからきっかけを掴めることもあるが、これには、もう1つの面がある。
即ち、才能のあるなしが、はっきりしてしまうことだ。
ところが、全然注目されない絵や小説や音楽を、いつまでもネットで発表し続け、諦めずに「いつかは」と思っている者はやはりいる。
若くて伸びしろがあるとしても、才能というか、センスのあるなしが、絶対とは言えないまでも、ネットでは明らかになるものである。
昔は、ゴッホやセザンヌ、その他大勢の天才画家達が、さっぱり認められず、ゴッホなどは、生前は1枚の絵も売れなかったが、当時は、特定の種類の者達が絵の評価をしていたという事情があったのであり、現代であれば、ゴッホもセザンヌも、若いうちから成功して金持ちになっていたと思う。
しかし、昔であろうが、今であろうが、才能のない者は駄目で、現代は、ネットが、才能がないことを残酷に突きつける。
まあ、才能があっても、トランプ支持者やワクチン否定派であれば、AIにネットから抹殺されるといった、新たな問題もあるかもしれないので、そこらは注意した方が良いかもしれない。
ここまでなら、割合に普通の話と思う。
だが、長年、ネット小説を書いても、全く注目されなかったとか、YouTubeの再生数がさっぱり伸びないといった場合でも、やりようがある。
ただし、そんな者達が、普通に作品を投稿したって駄目である。
どうすれば良いか?
変わったことをやれば良いのである。
ただし、その変わったことが、昨日も書いたが、「斜め上を行く」ものでなければならず、それは、誰にも予想出来ないものだということだ。
人に予想出来ることをやっては駄目なのだ。
これについては、私はたびたび引用する好きな話がある。
アメリカの小柄な女性高校教師の話だ。
彼女は、手の付けられない不良男子高校生の担任にさせられてしまう。
その不良は、怪力の持ち主でもあり、何人もの教師を病因送りにしていた。しかし、何かの事情で、停学にはなっても退学にはならずにいた。
その女性教師は、校外の人のいない駐車場で、その不良にバッタリ会ってしまう。
こんな時、この不良は、ニヤニヤしながら、教師にこう尋ねるのだ。
「俺があんたを殴ったらどうなると思う?」
これまでの教師は全て、
「停学か退学になる」
と答え、その答が正しいことを証明してしまった(笑)。
そして、そんな答は、この不良だって知ってる。
そんな答をしてどうする、馬鹿者(笑)。
だが、この女性教師は、スーパー精神科医ミルトン・エリクソンの娘だった。
彼女は、こう叫んだ。
「お前を殺してやる!」
間髪を入れず、
「そこに座れ!」
と命じ、予想外の言葉で説教した。
以降、卒業するまで、この不良(すぐ不良でなくなったが)は、彼女を他の不良達から守ってくれた。
画家であれば、作品を認められない、売れたいと思うだろう。
しかし、岡本太郎は、常にこう言った。
「認められなくていい。いや、認められてたまるか」
「売れなくていい。いや、売ってたまるか」
「嫌われてもいい。いや、嫌われなくてはならない」
これですら、斜め上を行くスピリットとしては、せいぜいが、ギリギリ合格というところかもしれない。
才能のない者lは、たとえば、野球の投手で、ナックルボール(特殊な変化球の1つ)だけで勝負するといったように、何か1つを磨く場合が多い。
これについても、好きな引用があるが、長くなるので省く。
だが、昨日も上げた、次の言葉を覚えておくと良い。
二つ目を捨てろ 予想外になれ
軌道を外れて...
~『キレキャリオン』(ポリスピカデリー feat.初音ミク)より~
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その女性の教師の話は意表を突く例として挙げられていますが、もちろんそれはあるとは思うのですが、果たして本質はそこだろうか?と前から考えていました。
これはその教師が不良を人として扱ったということではないかと私は思っています。
他の教師は「生徒(という立場)が教師(という立場)を殴ったら(社会システム上)停学になる」と言ったのであって、そこにはその不良少年もいなければ話している教師自身もいない。わざわざ学校に行って悪さをするというのは構ってほしかったり、自分の存在を認識したいからなのに、この教師たちとのやり取りにそれを感じることができない。
女性の教師の方は、「私はお前を〇してやる」と言っている。しかも活き活きと感情をこめて(いたのではないかと想像する)。少年は教師の言葉の中に自分自身と相手が活きていると実感できたのではないか、だからその瞬間から不良でいる必要はなくなったのではないか。
そう考えるとミルトンエリクソンの「君が真面目になったらきっと皆驚くだろうね」「そりゃそうさ」というやり取りだけで非行少年を更生させてしまった話も納得できるのです。
自分が周囲に影響を及ぼしうる存在なのだと最も実感できるやり取りだったのではないかと思います。
ブログの記事を読んだだけでの私の解釈なので、正しくないかもしれませんが、私はこのように考えるほうが納得できるのです。