考えるべきことを考え、考えても仕方がないことを考えないのが賢い人間だ。
自分が背が低いことを考えても背が伸びるわけではないし、自分が大学を出ていないことをいくら考えても高卒である事実は変わらない。
だが、考えても仕方がないことを考えると、シークレットシューズを履いて背を実際より高く見せたり、学歴を偽って、高卒なのに大卒、それも、名門大学卒だと詐称する恥知らずもいる。
つまり、考えても仕方がないことでも、劣等感に関することに関しては、どうしても考えてしまうことが多く、それでロクなことにならないのだ。
劣等感のために失敗した人、失脚した人、大切なものを失った人は、あまりに多いのである。

劣等感は、チャチなプライドから起こるが、このチャチなプライドが人間最大の欠点の1つで、これを克服すれば、その人間の力は驚くほど大きくなる。
そこで、「賢い人間」ではなく、「強い人間」に学ぶべきなのである。
「賢い人間」より「強い人間」の方が優れている。
そして、「賢い人間」は、考えても仕方がないことを考えないが、「強い人間」は、気にしても仕方がないことを気にしないのだ。

背が低いことに関して言えば、賢い人は、そんなことを考えても仕方がないから、「自分の身長が5cm高かったら」といったことは考えない。
だが、「じゃあ、5cmのシークレットシューズを履けば良い」となるかもしれない。
だが、強い人間は、自分が背が低いことは気にしないので、シークレットシューズを履こうなんて思わない。
そして、自分が背が低いことを気にしない人間は、背が高いこと以上に魅力的なのである。
私が知る、最もモテる男は、身長が160cmもないのである。

考えても仕方がないことを考えない者は賢く、ものごとを効率的に進める可能性が高いが、気にしても仕方がないことを気にしない者は無敵だ。
野村克也さんという、野球の名監督を覚えている人はまだ多いと思うが、彼は、名監督になる前は、プレーヤーとしても名捕手だった。
その名捕手だった野村さんは、捕手をしている時、バッターによく囁(ささや)きかけていたようだ。
「あれ、今日のお前、重心が右に偏ってないか」「右に引っ張れって指示が出てるんだろ?お前には無理だよ」
野村さんの囁きの効果は抜群で、調子を崩すバッターも多かった。
プロの捕手の実力には、こういったことも含まれるのだ。
ところが、それに全く引っかからなかったのが、長嶋茂雄だったらしい。
長嶋さんは、「気にしない」男なのだ。
「重心が右に傾いてるよ」と言われたら、「そう?ありがとー」と言いながら、実は全く聞いていないので、普通にバッティングしてしまうのだ。

背が低いとか、顔が悪いといった、気にしても仕方がないことは気にしなくて良いが、気にすべきことは気にしなければならない。
私は以前、ある場所で、長髪の50代か60代と思える男をよく見たが、その歳で髪が多いのは結構なことだが、白髪混じりのその髪を伸ばし放題にしているのは、若者ならひょっとしたら似合うのかもしれないが、この中年過ぎの男がやると、不潔でおぞましく感じるのは、私だけではないだろう。こんなところは、気にすべきであるに違いない。
会社においては、特に、地位が上に行くほど気にすべきことは増える。
だが、多くの愚かな者は、気にすべきことを気にせず、気にすべきでないことを気にするのである。
気にすべきでないことは、さっきも述べた通り、劣等感から起こるプライドに関することである。

「格好悪いかもしれないが、人に迷惑をかけるわけではないので、気にしないでおこう」
だが、格好悪いことを気にしない者ほど格好良い者はいないのである。
逆に、劣等感に負けて格好を過度に気にし、見栄を張る者ほど格好悪い者はいないのは分かると思う。

「人の目なんか気にするな」は、だいたい正しいのだが、人の目を気にしなければならないこともある。
だから、「格好悪いことなんか気にするな」と思うと良い。
『スタートレック』で、ミスター・スポックが「バルカン星人には面子(メンツ)はないのです」と言うのに痺れたことがある。
「面子なんか気にしない」
そう思う者は無敵である。なぜなら、神は、面子を捨てた分の数倍の力を与えるからである。








  
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