徳川将軍家の兵法指南役であった柳生宗矩(やぎゅうむねのり)は、後の三代将軍である徳川家光が少年だった時、剣術の指導を次のように行ったという伝承がある。
部屋の中に、長さ百数十センチの木の杭(くい)を立てて設置し、宗矩は、その杭の頭を木刀で打つよう、竹千代(家光のこと)に言った。
それを毎日やれと、宗矩は言う。
馬鹿馬鹿しくてやる気が出ない竹千代は、宗矩に「こんなことに何の意味があるのか?」と詰問した。
宗矩は、常に同じところを打つことが出来るようになれば、刀で鉄の兜でも切れると言う。
竹千代は宗矩に、ならばやって見せよと言い、家来に、鉄の兜を持って来て台の上に置くよう命じた。
竹千代は、宗矩に恥をかかせるつもりだったと思われる。
だが、宗矩は、見事、鉄の兜を切って見せた。
作り話かもしれないが、剣術の達人には、紙で吊った竹を真剣で切れる者がいるらしいが、中村天風や、弟子の藤平光一は、それが出来たという話がある(藤平光一の著書に書かれている)。
とにかく、それで竹千代は心を入れ替え、来る日も来る日も、杭の頭を木刀で真剣に打ち続けたという。

剣豪伝には、このように、剣で同じところを打ち続ける修行をした話は結構あるが、私には、これには、何らかの真理があるように思える。
1回や2回やっただけでは何にもならなくても、数多く、長期間やり通せば、神懸かった力を得て、奇跡を起こせるようになる。
これは剣術に限らない。
江戸末期の神道家、黒住宗忠は、修行時代、大祓祝詞(おおはらえのことば)という祝詞を、1日平均630本、数ヵ月に渡って唱えたという。
大祓祝詞を1本唱えるのに、普通は少なくとも3分はかかるが、それで630本を唱えるには31.5時間かかり、1日は24時間しかないので、相当速く唱えないといけないが、それでも、起きている時間の全てを使っても難しい数だ。
黒住宗忠は、病気を治したり、長距離をあり得ない短い時間で移動したり、嵐を鎮めたりといった、キリスト並の奇跡を起こしたと言われている。
また、これは明らかに創作であるが、笹沢佐保の時代劇小説『木枯らし紋次郎』のヒーロー、紋次郎は、農家の出身で、剣の修行をしたわけではないが、我流とはいえ、滅法腕が立つ。
私は、なぜ紋次郎がそんなに強くなったのかと、真面目に考えていたが、何と、『木枯らし紋次郎』の後期の作品である『帰って来た紋次郎』シリーズの中で、その謎が明かされる。
紋次郎は、10歳で家を出た後、一時、木こりのようなことをしていて、毎日毎日、木を切り倒しては、その木を運び、薪にしていた。当時は、薪が大量に必要とされたので、そんなことが仕事になったのだ。
その、斧による薪割りが、紋次郎の剣術の基礎になったのである。きっと、紋次郎は、毎日数千、あるいは、数万の薪を作ったのだろう。
話は変わるが、ラマナ・マハルシの弟子のブンジャジは、若い時、肉体労働をしながら、クリシュナ(インド神話の神)の名を1日4万回唱え続け、奇跡を起こしている。
神の名を数多く唱えることで奇跡を起こした話は、サイババの『ナーマスマラナ』に数多く記されている。
法然が1日6万回、念仏を唱えたという話も有名である。
般若心経を10万回唱えて神通力を得た者の話もあるが、般若心経は呪文の部分だけを唱えるのが正しいとする専門家の話もある。

いかなることでも、たゆまず繰り返せば、大いなる力が得られるし、逆に言えば、大いなる力を得るには、多くの繰り返ししか道はないのである。
我々も、真言(神仏の名、仏・菩薩の真言、念仏、優れた呪文)を常に唱え、あるいは、暇があれば立って腕振り運動を行えば、世界は動くのである。








  
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