DS(闇の勢力。国を裏側で支配する謎の存在とされる)が、最も力を入れて、テレビを通して我々に対して行っていることは、我々の気分を暗く、不安にすることである。
気分が暗い人間にパワーはないし、不安な人間は容易く支配出来るからだ。
とはいえ、敵は巧妙で、我々も気付かないまま、楽しいテレビを見ているうちに、なぜか憂うつで、胸に不安が渦巻き、無力感に打ちひしがれている状態になってしまっているのである。
そんなことではいけない。
万能感を持てとまでは言わないが、「俺の父ちゃんは大金持ちなんだ」といった感じの、安心と自信を持って良い。法華経や新約聖書でも、よくそんな喩えを使っている。親の七光は良いものだ(笑)。
しかし、実際は、あなたのバックはそれ以上なのだ。

DSの手先のやることと言ったら、大鷲に向かって、綺麗に包装されたトウモロコシを見せ、
「これさえあれば大丈夫。でも、これがないと困るぞ」
と言うようなものなのだ。
だが、そんな子供騙しの餌は全く不要で、大鷲は空に悠然と浮いていると、探さなくても、ビビビっと美味しい獲物がある場所が分かり、そこに颯爽と舞い降りれば良いのである。

毎日、腕振り運動をすれば、健康で若くいられるし、回数を多くすれば、好きなだけ若返ることが出来る。
そして、真言を唱えれば、自分より高い、超強力な存在が完全に味方してくれる。
そこで必要なことは、楽しいことを考える想像力だ。
だが、あなたはこれまで、学校やテレビを通して、DSに、想像力を持たないよう躾けられてきた。
それで、「楽しいことを想像しろ」と言われたら、美味しいものを食べるとか、エロいことをする、観光地を旅行する、良い車に乗る、良い服を着る、賞や資格を取って褒められる・・・といったようなことしか思いつかないのだ。

だが、無理して、大きな目標を紙に書くなんてことをしなくて良い。
疲れるし、今のあなたでは、ロクでもない目標しか出て来ないだろうから。
もちろん、自然に浮かんだ、楽しいと思う目標なら書いて良いが、今の大抵の人には無理なのだ。

では、どうすれば良いか?
ひたすら真言を唱えるのである。
健康と、欲しいだけの若さが得られるだけ、腕振り運動をしながらね。
後は、真言を唱えることで、心を高次の存在に向ければ良い。
そうすれば、あなたは高次の存在に融合していく。
すると、あなたはアセンション(次元上昇)し、世界があなたの好ましいものに変わってしまう。
そうなれば、脳の力が解放され、想像力も高まっているので、やりがいある目標もすぐに見つかるだろう。

DSに叩き込まれた暗示に負けて、不安にならないことだ。
一休さんの遺言を思い出しても良い。
「心配するな、何とかなる」
だが、あれこれ考えなくても、真言を唱えていれば、心配などなくなる。
あらゆる本物の賢人、聖者が保証する通り、真言を唱えれば、一切の問題が解決し、救われるからだ。
真言は、何でも良い。真言に上下優劣はない。
家の宗教や宗派が何かなどは、気にしなくて良い。それ(自分の宗派が何かなど)もまたDSの計略だ。
真言は心で唱えるものなので、家の人や先生に、どんな真言を唱えているかバレることはない。

良い真言の多くは、神仏の名、念仏、神仏の真言、般若心経の呪文などである。
私は、子供の時、「南無三(なむさん。仏、法、僧を信頼してすがるという意味)」と唱えるだけで、悪い状況は去り、良い状況になった。
子供の時は、「南無観世音菩薩」なんて真言を知らなかったし、「南無阿弥陀仏」はお坊様が葬式の時に唱えるものだと誤解していたからね。
真言は、いろいろあるので、自分が気に入ったものを気楽に試すと良い。
また、2つ3つ、あるいは、それ以上選んで唱えても良いのである。
つまるところ、真言を唱えることだけが大切なのである。
真言と腕振り運動の組み合わせは無敵であると思う。








  
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