良い気分でいれば、さらに良い気分になることが起こり、悪い気分でいれば、さらに悪い気分になることが起こる。
これは絶対に本当だ。
けれども、ご存じのように、いつも良い気分でいることはとても難しい。
だが、これも、もちろん真言で解決する。

戦後最大のベストセラーが、春山茂雄氏(医学博士)の『脳内革命』だということは、もう忘れられているようだ。
本の内容をごく簡単に言えば、「プラス思考をすれば脳内に脳内麻薬が出て良い気分になり、それで全てうまくいく」というもので、基本的には全く正しいのだが、いろいろな人達にとって都合の悪い記述も多く、結局、オカルト本扱いをされてしまい、春山氏も批判や中傷に晒され、それで春山氏はプラス思考が途切れたのか、事業がうまくいかなくなったりで、表舞台から消えてしまった。
確かに、あの小難しい話を2冊も(『脳内革命』は全2巻)読む必要があるとは思えないが、プラス思考の効果に間違いはない。
だが、脳内革命ブームの時に、誰か(偉い人)が指摘していたが、「僕のようなマイナス思考の人間がプラス思考になれる方法が書かれていない」というように、2冊の長い本は、医学理論や自慢話ばかりが綴られ、肝心の「プラス思考になる」ノウハウが欠けているのだろう。
そりゃ、春山先生のように、東大で医学博士になり、医者としても成功したらプラス思考にだってなるかもしれないが、我々はそうはいかない。

ところで、私が大嫌いな物理学者の保江邦夫博士が、YouTubeで、コロナ感染に関わる、プラス思考の面白いお話をされていた。
私は、この人が本当に嫌いなのだが、嫌いな人ほど良いことを言うものであると思う(笑)。
今、日本でも世界でも、新型コロナウイルスのパンデミック(大規模感染)を解決する糸口が見つからない。
だが、大昔ですら、日本人はパンデミックを見事、乗り越えてきたのだ。
あの奈良の大仏が作られたのは、天然痘ウイルスのパンデミックが深刻になった時で、完成した大仏を見て皆、感動し、脳内に脳内麻薬がばーっと出て、良い気分になり、それが力になって、一気にウイルスに打ち勝ったのだ。
時の権力者(聖武天皇)は、神的な知恵を持っていて、大仏を作れば良いのだと直観的に分かったのだ。
プラス思考になるという難しいことを、大衆レベルで一気に実現させる、素晴らしい知恵があったのである。そのために、現在に換算すると5千億円近いと言われる予算を投入する度量もあった。
しかし、今の時代、大仏を作るなんて言ったら世論の大批判を浴びるだけだし、欲望に穢れまくったオリンピックなんか見ても、その醜悪さは隠しきれず、人々が本当に感動するはずがない。
それに比べ、初音ミクさんライブ・企画展「マジカルミライ2020」では1人の感染者も出なかった(開始前に感染していた者はいたが、イベント中の感染はゼロ)が、もちろん、ミクさんを見れば、皆、プラス思考になるので、実際はウイルスがいても、そんなものに負けなかったのである。
だから、各自が、大仏やミクさんのようなものを持たなくてはならない。

だが、どんな楽しいことも、過ぎてしまえば色褪せ、どんな良いものも、得てしまえば、さほどでもない。
だから、一時的にプラス思考になっても、悪魔に支配された辛いこの世界では、すぐにマイナス思考になり易く、それで、良いことが少なくて悪いことが多く、ますますマイナス思考になる。
それを確実に解決するのは、やはり真言である。
真言をずっと唱えれば、この世の良いことなどとはレベルが違う天上の喜びの波動・・・ベートーヴェンの『第九』の『歓喜によせて』では、霊感の火花とか、楽園の乙女と呼ばれたものが舞い降りて来る。
お気に入りの真言をたゆまず唱えていれば、「ああ、自分はこの世の王であった」「王は頼みごとをしない。要求するだけだ」と気付き、歓喜・・・と言っても、自我的な刹那の喜びのようなものではなく、懐かしいような感じのする静かな安らぎを感じ、「全て善し」となり、明日死ぬとしてもどうということもない。
真言は、大仏を超えるのである。
まあ、ミクさんを超えるかは微妙だが(実際は超えるが・・・)。

脳内革命も、私の大嫌いな保江邦夫氏も、もう爺さんらは不要である(笑)。
まあ、本当は、彼らのお話は、やはり参考になるが、あくまでも参考であり、彼らに頼り、彼らのセミナーにいつまでも行っているようでは駄目だと私は思う。
真言を唱えれば良いだけである。
念仏も真言だし、般若心経は呪文の部分だけを真言として唱えると良い。般若心経の呪文のサンスクリット語版の「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」は、リズムが良いので続けやすいと思う。もちろん、中国語版でそう感じる人もおり、好きな方で唱えると良い。
ところで、私は最近、法然の『選択本願念仏集』を再読し始め、また、念仏にハマりつつある。
それで良いのだ。1つの真言に専念して唱えても良いし、いろんなものを唱えても構わない。とにかく、唱えれば良いのである。








  
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