解剖学者の養老孟子氏の何かの本に書かれていたが、昔の日本人は、毎日、長時間正座していたというだけで、特に運動をしなくても身体が強かったそうだ。
このことだけでも深く考えると、望むような人間になるヒントが得られると思う。
現代人は、運動をするために特別な時間を作り、ジムにまで行ったりして、「さあ、やるぞ」といった感じでやるのだが、このやり方は、いったん、やる気やモチベーションが落ちれば、やるのが嫌になり、なかなか続かないものだ。
現代の我々が正座で生活することは難しいが、暇があれば、とにかく少しでも多く腕振り運動をやるようにすれば、十分に身体は強くなる。
腕振り運動とは、スワイソウとかせい手とも呼ばれるが、自然に立って、真っすぐに伸ばした両腕を同時に後ろに、やや鋭く振り、惰性で前に振るという簡単な運動の繰り返しである。
これは、肩だけの運動ではなく、身体を直立に保つために、腹筋や背筋、それに、脚まで鍛えられる。
また、この運動は、両手のひらを内側に向けて行うことで、両手の間に気が発生したり、仙骨が調整されたりで、不思議な効果があると言われ、インドや中国では秘法として伝えられている。
これを毎日長時間やることで、仙人になることも可能という話まである。
腕振り運動は、毎日、時刻と回数を決めてきっちりやることも大切だが、とにかく、時間があれば100回ほどやるようにし、1日千回以上やるようにすれば、良い意味で驚くようなことが起こるかもしれない。
それに、腕振り運動は、動禅とも言われ、一心に行うことで脳も調整、あるいは、鍛えられ、頭が良くなったり、超能力を獲得することも無いとは言えないと私は思う。
私は、もう10年以上、腕振り運動は欠かさず毎日やっているが、どこか妖精めいた力が身に付いているように思うのである。

それと、後は、いつも述べる通り、やはり気がついたら、いつでもマントラ(真言)を唱えることに高い価値がある。
人間の脳は、放っておいたら、実にロクでもない働きをする。
脳は、1分間に300ものつぶやきをするという研究があり、普通の人では、その大半はマイナスのつぶやきで、それにより、エネルギーを失い、頭は悪くなり、運命まで悪くする。
「大丈夫」などのプラスの言葉を自主的に唱えることも良いのだが、なかなか続かない人がいることが分かった。
ところが、マントラの場合、ある程度続けていると、自動的に継続されている状態になり、むしろ、そのような状態こそ効果が高いとも考えられている。
しかし、その状態になるためには、とにかく普段から数多く、唱えることが必要である。
そして、マントラは、必ず、心の中で唱えないといけない。
これに関しては、声に出して唱えよと言う人もいるが、それには少しも賛成出来ない。
声に出して唱えるのは、僧侶だけで良く、本来は、心で唱えるものである。
そうすることで、やがて、心の中で自動でマントラが続き、それが、意識の深い部分にまで導いてくれる。
これは、喩えれば、海の深いところに潜っていくようなもので、その深いところに度々訪れて慣れてしまえば、普段の生活や仕事である海の表面でやることは、あまりに簡単なため、子供の遊びになってしまうのである。
また、腕振り運動とマントラには相乗効果もある。
マントラは、何でも良い。
「南無阿弥陀仏」でも「南無観世音菩薩」でも「オン、アビラウンケン(大日如来真言)」でも「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン(阿弥陀如来真言)」でも「オン、アロリキャ、ソワカ(観世音菩薩真言)」でも。
あるいは、「アメノミナカヌシノカミ」や「アマテラスオオミカミ」や「アメノミナカヌシ」や「アマテラス」、あるいは、「アミターバ(阿弥陀如来)」や「クリシュナ」や「イエス・キリスト」など、自分が好ましく思うもので良い。








  
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