本の最後で、その本全体を否定してしまっているという本がある。
藤本憲幸氏の『秘法ヨガ入門』と、高藤総一郎氏の『驚異の超人気功法』の2冊がそうだ。
それぞれ、その1冊の中で、ヨガ、および、気功の訓練法(いずれも常識を超えていて面白い)を詳細に述べておきながら、最後に、やや突拍子もないエピソードを出すが、その最後の内容をよく読むと、
「修行なんか不要だ。さっきまで書いたことは嘘かもしれないよ」
と言わんばかりである。
そこまでの内容が嘘とは言わないが、本物はこっち・・・とも全然書いていないが、私にはそう感じる。
読む人次第だし、こう思わない人が多いかもしれないが、私からすれば、これらの本は、実は、その最後の話のためだけに書かれた・・・その最後の話を輝かせるために長い「前振り」を書いたに過ぎないのではないかと思えるのである。

『驚異の超人気功法』では、最後に、1人の超人僧が登場する。
見せた技はたった1つで、それも、なりゆきで、たまたまやっただけだ。
見世物ではないが、秘密でもない。
秘密ではないが、見世物でもない。
その超人僧がやったことは、五寸釘を堅い木の柱に、親指1本で、すーっと押し込むことだった。
実は、それまで、女性達が、その釘を打ち込もうとしていたが、節目でもあったのか、全く入らなかったのだった。
その僧は、別に怪力なのではなく、それは神秘的な力なのであるが、その僧は、修行はほとんどしないと言う。
やるのは瞑想だけであるが、それも、1つのことをイメージする(想像する)だけの簡単なものだ。
最初にやったのは、寺の庭にあった大きな岩を持ち上げることだった。
その想像をやっているうちに、出来そうな気がしてやってみたら、出来てしまった。
次は、大木を根元から引き抜くことだったが、少々日数はかかったが、これも出来た。
そして、今やっているのは、寺の裏の山を持ち上げることだそうだ。
『こきりこ節』を地でやってしまおうというものだ(この民謡では、自分は山を担ぐことは出来るが縄が切れてしまうのでやれんと歌う)。
その僧は、想像とはいえ、山を持ち上げようとする者にとって、五寸釘を柱に押し込むのはいとも容易いと言ったらしい。

この話の瞑想のポイントはこうだろう。
まず、普通の人間の常識を超えた、壮大な想像をしなくてはならない。ケチなものではいけない。
とはいえ、この僧も、それなりの順は追っており、いきなり、山を持ち上げるところから始めてはうまくいかなかったであろう。
次に、やはり、自分が成し遂げたいことを想像しなくてはならない。
そうでないと続けられない。
皆が皆、岩を持ち上げたり、木を引っこ抜きたいわけではない。
どんな想像をするかを思いつく発想力も必要だが、その程度なら、発想力が欲しいと思っていればやって来るだろう。そもそも、本来なら、当たり前に持っているはずのものだが、我々の心は、学校やマスコミによって型にはめられてしまっているので、良い子、優等生、涼宮ハルヒが言うところの「まともでつまらないヤツ」の場合は、まず、思考の箍(たが)を外すところから始める必要があるかもしれない。
ハルヒなら、どんな想像をするか、あるいは、既にしているか考えても良いかもしれない。
確か、彼女は七夕の短冊に書いていたように思う。
世界が自分を中心に回るとかであったように思うが、もう少し、具体的であれば良いだろう。
内緒であるが、政木和三氏が私に語ったところでは、百人の美女が自分に身をまかせるとか、お金ががんがん振り込まれるなど・・・であるが、内緒である(笑)。








  
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