引き寄せの法則や願望実現術がうまくいかなくて困っている人が多いと思う。
「いや、実は願いは全部叶っている。ただし、潜在意識の中にある望みが叶っているのだ」と言う人もいる。
潜在意識の中の望みが叶って嬉しくないと思うのは、潜在意識の中の望みが、自分のものではなく、学校やマスコミに押し付けられたものだからだろう。
そして、世間のほとんどの人の潜在意識の中の望みは、学校やテレビや新聞・雑誌等によって、刷り込まれ、叩き込まれ、洗脳されたものである。それは、権力者にとって都合の良い「奴隷の望み」なのだから、叶っても嬉しいはずがない。
では、自分の望みを叶えるにはどうすれば良いか?
それが書いてある本を探して忙しい人もいるだろうが、やり方は、どんな時代のどんな場所でもたった1つだ。
それは、自我の消失だ。
あるいは、「自我が脇にどく」という言い方でも良い。
とにかく、でっぷり太った自我がどーんと残っている状態で、自分の願いが叶うはずがない。
そして、世の中には、自我臭とでもいうものをプンプンさせた人だからけだ。そんな者は奴隷でいるしかない。
傲慢な人間、欲張りな人間、得はしたいが損はしたくないという思いに凝り固まった人間、自分は優遇されるべきだと思っている人間、自分は優れていて他人は劣っていると思っている人間・・・もう救いようがない(笑)。
このあたりをあまり言うと道徳論みたいになってしまってウザいのだが、「ウザい」と思うことが、自我が肥え太っている証拠でもある。
しかし、それでも大サービスでウザいことを言わず、自我のない人間の見本から学びたければ、トーシャ・シルバーの『とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく』の「死という助言者」という章に最高のが書かれている。
簡単に言えばこんな話だ(以前も紹介した)。
ある40歳くらいの女性が、末期癌で余命3か月と宣告される。
彼女は、身辺の整理に精を出し、借金を返済し、不要なものを手放し、死ぬ準備をした。
この世はかすんだ夢になり、無駄な会話はやめ、やりたくないことをするのを一切やめた。
この世は、自分がいなくてもうまくいくのだということが分かった。
そして、3か月後・・・癌は消えていた。
それ以降、彼女は神の力を得ていた。
思っていることが、すんなり、自然に実現するようになった。
ある金額を思うと、それがすんなりやってきたし、りんごを思うと、見知らぬ人がカバンからりんごを取り出して彼女に与えた。
彼女は言う。
「以前いた“私”はもういなくなった。私は脇にのいた」
見事である。
私は、この章だけ写本して、時々読もうと思う。
「いや、実は願いは全部叶っている。ただし、潜在意識の中にある望みが叶っているのだ」と言う人もいる。
潜在意識の中の望みが叶って嬉しくないと思うのは、潜在意識の中の望みが、自分のものではなく、学校やマスコミに押し付けられたものだからだろう。
そして、世間のほとんどの人の潜在意識の中の望みは、学校やテレビや新聞・雑誌等によって、刷り込まれ、叩き込まれ、洗脳されたものである。それは、権力者にとって都合の良い「奴隷の望み」なのだから、叶っても嬉しいはずがない。
では、自分の望みを叶えるにはどうすれば良いか?
それが書いてある本を探して忙しい人もいるだろうが、やり方は、どんな時代のどんな場所でもたった1つだ。
それは、自我の消失だ。
あるいは、「自我が脇にどく」という言い方でも良い。
とにかく、でっぷり太った自我がどーんと残っている状態で、自分の願いが叶うはずがない。
そして、世の中には、自我臭とでもいうものをプンプンさせた人だからけだ。そんな者は奴隷でいるしかない。
傲慢な人間、欲張りな人間、得はしたいが損はしたくないという思いに凝り固まった人間、自分は優遇されるべきだと思っている人間、自分は優れていて他人は劣っていると思っている人間・・・もう救いようがない(笑)。
このあたりをあまり言うと道徳論みたいになってしまってウザいのだが、「ウザい」と思うことが、自我が肥え太っている証拠でもある。
しかし、それでも大サービスでウザいことを言わず、自我のない人間の見本から学びたければ、トーシャ・シルバーの『とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく』の「死という助言者」という章に最高のが書かれている。
簡単に言えばこんな話だ(以前も紹介した)。
ある40歳くらいの女性が、末期癌で余命3か月と宣告される。
彼女は、身辺の整理に精を出し、借金を返済し、不要なものを手放し、死ぬ準備をした。
この世はかすんだ夢になり、無駄な会話はやめ、やりたくないことをするのを一切やめた。
この世は、自分がいなくてもうまくいくのだということが分かった。
そして、3か月後・・・癌は消えていた。
それ以降、彼女は神の力を得ていた。
思っていることが、すんなり、自然に実現するようになった。
ある金額を思うと、それがすんなりやってきたし、りんごを思うと、見知らぬ人がカバンからりんごを取り出して彼女に与えた。
彼女は言う。
「以前いた“私”はもういなくなった。私は脇にのいた」
見事である。
私は、この章だけ写本して、時々読もうと思う。
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