今朝の記事の続きである。
今朝は、「神様の奇跡が起こる」という言葉を1日中唱えることで、
・1憶円の宝くじが当たる
・ローマ法王に謁見する
・再度1憶円の宝くじが当たる
という、奇跡を起こしたホームレスさんの話だった。
2つ目の奇跡の話をするが、私はこれと同様のものを割と沢山知っている。
しかし、これが、最もポイントを掴みやすいと思うので取り上げる。
お話は、書籍『とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく』から引用する。
このお話は以前も少し紹介したことがあるものだ。
ある40歳くらいの女性が、癌で余命3ヵ月の宣告を受ける。
そこで、彼女は、身の周りの整理に励んだ。
借金を返済し、不要なものを残らず手放した。
無駄な会話をやめ、皆に真実を言うようになった。
やりたくないことをするのを一切やめた。
自分がいなくても世界はうまくいくことが分った。
こうして、平和な断絶状態に包まれていたようだ。
そして3か月後・・・癌は消えた。
彼女は死ななかったのだ。
それだけでも奇跡だが、さらに奇跡が起こっていた。
彼女は、何でも現実化したり、癒したりする力を得ていたのだ。
ある金額を思うと、それがすんなりやってきた。
りんごを思い浮かべると、見知らぬ人が鞄からりんごを取り出して彼女に与えた。
病気の人々が助けを求めてくるようになった(それで治ることが多かったのだろう)。
彼女に何が起こったのだろう?
著者のトーシャ・シルバーは、こう書いている。
「必要なものも欲しいものもなく、この世に別れを告げていた彼女にとって、この才能はあっちから勝手にやってきたものだった」
そして、この奇跡の女性はこう言ったらしい。
「もしかしたら、何も必要じゃなくなったとき、すべてを得られるのかもしれない。そして、物事を起こそうとがんばるのをやめたとき、どんなことも起こりうるのかも」
「わかるのはただ、以前いた”私”はもういなくなったってこと。私は脇にのいたの」
どうも、余計な解説はしない方が良さそうだ。
著者と、この女性のコメントを何度も読めば、静かな気づきが得られるに違いない。
そして、『 とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく 』の全体を読めば、さらによく分ると思う。
この本は、自分の力でやろうとせず、神様に全てまかせればうまくいくのだということを教えている。
つまり、今朝の、「神様の奇跡が起こる」というのと、本質的には同じなのだと思う。
ただ、神様への身のまかせ方もいろいろあるのだということだ。
今朝は、「神様の奇跡が起こる」という言葉を1日中唱えることで、
・1憶円の宝くじが当たる
・ローマ法王に謁見する
・再度1憶円の宝くじが当たる
という、奇跡を起こしたホームレスさんの話だった。
2つ目の奇跡の話をするが、私はこれと同様のものを割と沢山知っている。
しかし、これが、最もポイントを掴みやすいと思うので取り上げる。
お話は、書籍『とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく』から引用する。
このお話は以前も少し紹介したことがあるものだ。
ある40歳くらいの女性が、癌で余命3ヵ月の宣告を受ける。
そこで、彼女は、身の周りの整理に励んだ。
借金を返済し、不要なものを残らず手放した。
無駄な会話をやめ、皆に真実を言うようになった。
やりたくないことをするのを一切やめた。
自分がいなくても世界はうまくいくことが分った。
こうして、平和な断絶状態に包まれていたようだ。
そして3か月後・・・癌は消えた。
彼女は死ななかったのだ。
それだけでも奇跡だが、さらに奇跡が起こっていた。
彼女は、何でも現実化したり、癒したりする力を得ていたのだ。
ある金額を思うと、それがすんなりやってきた。
りんごを思い浮かべると、見知らぬ人が鞄からりんごを取り出して彼女に与えた。
病気の人々が助けを求めてくるようになった(それで治ることが多かったのだろう)。
彼女に何が起こったのだろう?
著者のトーシャ・シルバーは、こう書いている。
「必要なものも欲しいものもなく、この世に別れを告げていた彼女にとって、この才能はあっちから勝手にやってきたものだった」
そして、この奇跡の女性はこう言ったらしい。
「もしかしたら、何も必要じゃなくなったとき、すべてを得られるのかもしれない。そして、物事を起こそうとがんばるのをやめたとき、どんなことも起こりうるのかも」
「わかるのはただ、以前いた”私”はもういなくなったってこと。私は脇にのいたの」
どうも、余計な解説はしない方が良さそうだ。
著者と、この女性のコメントを何度も読めば、静かな気づきが得られるに違いない。
そして、『 とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく 』の全体を読めば、さらによく分ると思う。
この本は、自分の力でやろうとせず、神様に全てまかせればうまくいくのだということを教えている。
つまり、今朝の、「神様の奇跡が起こる」というのと、本質的には同じなのだと思う。
ただ、神様への身のまかせ方もいろいろあるのだということだ。
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