人間には、天使になりたいという願望がある・・・なんて言ったら、疑わしく思われそうだが、絶対に本当のことだ。
人間は、少々腐っていても、悪いことをすれば後ろめたく思う。
それも、長い間ね。
だけど、世の中で、いつも自分の良心を満足させることは出来ない。
それは力がないからで、自分の力不足ゆえに、望まぬ不道徳な、冷淡な、あるいは、冷酷なことをして深く後悔することがある。
アフリカで、一匹の怪我をした子ライオンが、すっかり弱っていた。
そのままでは、遅かれ早かれ、肉食獣に捕食されるしかないだろう。
親ライオンはいただろうが、ライオンは群れで行動し、移動も頻繁に行うが、怪我をした子供を連れて行くことは出来ず、見捨てたのだろう。
ライオンに子供への情があるのかどうかは分からないが、いずれにしろ、こんな時、親ライオンはあっさり子供を見捨てるだずだ。
厳しい野生では、余計な負担は命取りになるからだ。
だが、人間は知恵を発達させることで、他の動物より大きな力を得たので、弱い者を救うことが出来る。
ただし、どこまでそれが出来るかは、自分の力の大きさ次第だ。
見捨てたくなくても、自分に力がなければ救うことは出来ない。
そして、それが辛いので、強くなろうとするのだ。
本来、人間は、良いことだけをしたい。
しかし、力がなければ、心ならずも悪いことをするしかないこともよくあるので、平凡な力のない人間は、悪いことを沢山してしまう。
それが辛くて、少なくとも若い時は、大きな力を求める。
だが、強くなろうという向上心が消えた時・・・つまり、自分に見切りをつけた時、人間は、餓鬼・畜生に近付く。
あるいは、ある程度の力をつけはしたが、それを自分のために使う快楽に負けてしまうと、悪魔になる。
心が鈍感になってしまえば、悪いことをしても後悔を感じないが、実際は、魂は傷付いているのであり、それが原因で、病気になったり、奇怪な不幸に見舞われるのである。
そんな訳で、なるべく良いことだけが出来るよう、力をつけよう。
ただし、人間の力で出来ることは、たかが知れている。
いくら頭が良くなっても、自分1人では、3人の話すら同時に聞けないし、一度に運べる人間は、せいぜいが2人までだ。
だから、神の力を求めなければならない。
いつも正しいことをしたいならね。
偉大な人間というのは、自分の大きな実績を認めつつも、それを自分の力でやったなんて思っていない。
だから謙虚なのである。
トランプ大統領の弁護団グループのリン・ウッド弁護士は、今、トランプ大統領と共に、民主主義を守ろうとしているが、敵は強大であり、自分の力だけでどうなるものでもないことはよく解っているだろう。
だから、彼だって、神の力を求めている。
どうすれば、神の力を求めることが出来るのだろうか?
例えば、トランプ大統領の愛読書である『積極的考え方の力』では、著者のノーマン・ヴィンセント・ピールは、聖書に書かれた、
「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでも出来る」
という言葉を忘れないよう、必要なら、数多く唱えることを薦めている。
それが、神の力を求めるための、簡単ながら優れた方法なのだ。
ウッド弁護士や、ペンス副大統領も、お気に入りの聖書の言葉を、いつも心に留めているのである。
これは、「南無阿弥陀仏」でも、「神様の奇跡が起こる」でも同じである。
そして、やはり、人間は天使になりたいのである。
人間は、少々腐っていても、悪いことをすれば後ろめたく思う。
それも、長い間ね。
だけど、世の中で、いつも自分の良心を満足させることは出来ない。
それは力がないからで、自分の力不足ゆえに、望まぬ不道徳な、冷淡な、あるいは、冷酷なことをして深く後悔することがある。
アフリカで、一匹の怪我をした子ライオンが、すっかり弱っていた。
そのままでは、遅かれ早かれ、肉食獣に捕食されるしかないだろう。
親ライオンはいただろうが、ライオンは群れで行動し、移動も頻繁に行うが、怪我をした子供を連れて行くことは出来ず、見捨てたのだろう。
ライオンに子供への情があるのかどうかは分からないが、いずれにしろ、こんな時、親ライオンはあっさり子供を見捨てるだずだ。
厳しい野生では、余計な負担は命取りになるからだ。
だが、人間は知恵を発達させることで、他の動物より大きな力を得たので、弱い者を救うことが出来る。
ただし、どこまでそれが出来るかは、自分の力の大きさ次第だ。
見捨てたくなくても、自分に力がなければ救うことは出来ない。
そして、それが辛いので、強くなろうとするのだ。
本来、人間は、良いことだけをしたい。
しかし、力がなければ、心ならずも悪いことをするしかないこともよくあるので、平凡な力のない人間は、悪いことを沢山してしまう。
それが辛くて、少なくとも若い時は、大きな力を求める。
だが、強くなろうという向上心が消えた時・・・つまり、自分に見切りをつけた時、人間は、餓鬼・畜生に近付く。
あるいは、ある程度の力をつけはしたが、それを自分のために使う快楽に負けてしまうと、悪魔になる。
心が鈍感になってしまえば、悪いことをしても後悔を感じないが、実際は、魂は傷付いているのであり、それが原因で、病気になったり、奇怪な不幸に見舞われるのである。
そんな訳で、なるべく良いことだけが出来るよう、力をつけよう。
ただし、人間の力で出来ることは、たかが知れている。
いくら頭が良くなっても、自分1人では、3人の話すら同時に聞けないし、一度に運べる人間は、せいぜいが2人までだ。
だから、神の力を求めなければならない。
いつも正しいことをしたいならね。
偉大な人間というのは、自分の大きな実績を認めつつも、それを自分の力でやったなんて思っていない。
だから謙虚なのである。
トランプ大統領の弁護団グループのリン・ウッド弁護士は、今、トランプ大統領と共に、民主主義を守ろうとしているが、敵は強大であり、自分の力だけでどうなるものでもないことはよく解っているだろう。
だから、彼だって、神の力を求めている。
どうすれば、神の力を求めることが出来るのだろうか?
例えば、トランプ大統領の愛読書である『積極的考え方の力』では、著者のノーマン・ヴィンセント・ピールは、聖書に書かれた、
「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでも出来る」
という言葉を忘れないよう、必要なら、数多く唱えることを薦めている。
それが、神の力を求めるための、簡単ながら優れた方法なのだ。
ウッド弁護士や、ペンス副大統領も、お気に入りの聖書の言葉を、いつも心に留めているのである。
これは、「南無阿弥陀仏」でも、「神様の奇跡が起こる」でも同じである。
そして、やはり、人間は天使になりたいのである。
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野生のライオンのお話ですが、春先に見た動物番組で、弱った子ライオンが食事もあまり取れないほどの状態だったので、家族の群れはその子をおいてどんどん進んで行き、距離が離れてしまうのですが、子ライオンレオはひたむきに家族の後を一歩一歩前を見据えて歩み続けます。生きる力とその姿は神々しささへ感じました。途中、水辺のワニにレオが襲われそうになったとき、おかあさんライオンは立ち止まり振り返り、レオをそこまで向かえに戻り、口に加えて家族のところへ連れ戻していました。その時家族はみんなその光景を見守っていました。少数派かもしれないけれど、野生の中にもそんな愛もあるのかもしれないと感動しました🌸