引き寄せのテクニックを使っても、なかなか願いが叶わない時はどうするか?
ジョセフ・マーフィーの本でも、『ザ・シークレット』のDVDでも、そのような話は当然ある。
願望が一向に叶う様子がなく、がっかりしたり、不安になるというものだ。
『ザ・シークレット』のDVDに登場する「賢人」達の中にも、最初は、なかなか状況が変化せず、引き寄せの法則を「信じる」「信じない」で揺れたことを告白している人もいる。

ジョセフ・マーフィーの、ある本の場合は、願いがなかなか叶わない女子大生は、聖書の「耐え忍ぶ者は救われる」という言葉を思い出し、望みを捨てなかった。そして、やがて願いは叶った。
『ザ・シークレット』では、願いが叶わないと感じる時のいらだちや不安も肯定する。
そして、やはり、「願いは叶っている」と思い続けることを奨励していて、それが出来れば、願いは叶う。

この問題に関し、私は、イギリスの作家コリン・ウィルソンの『右脳の冒険』に書かれていた、ウィルソン自身のエピソードが、最も参考になると思うのだ。
(ひょっとしたら『フランケンシュタインの城』の方かもしれないが、両方、良い本である)
子供の時、ウィルソンは弟と、森で迷ってしまったことがあった。
歩けば歩くほど、自分達がどこにいるのか分からなった。そして、どんどん疲れてくる。
さらに悪いことに、雨が降り出した。
疲労した冷えた身体、希望が見えない不安、絶望感。
弟は泣き出し、駄々をこねる。
その時、ウィルソン兄は「僕はお兄ちゃんなのだ」という自覚を呼び覚まし、心を奮い立たせた。
つまり、彼は「しゃんとして」、弟のように自己憐憫に耽ることを拒否し、無理にでも前向きな態度を取ったのだ。
すると、彼は軍神マルスと一体化したように、状況は良い方向に向かい出し、やがて、2人は森を脱出し、家に帰ることが出来た。
ウィルソンは、他の本でも、自分の意思で「しゃんとする」ことの大切さを説いている。
いかに、右脳や潜在意識に世界を動かす力があっても、顕在意識がうじうじしていては駄目なのである。

私が幼稚園の時、幼稚園で予防接種を受けたのだが、多くの子供が痛くて泣いていたが、私はやせ我慢をして、少しも痛くない顔をした。
すると、それほどの痛みを感じなかったことを、鮮明に覚えている。
これが「しゃんとする」力である。
また、小学6年生の時、ひどく寒い日に、野外で体育の授業があったのだが、男子も女子も寒くて縮こまりながら運動場に向かう中で、私は、またもやせ我慢し、「僕はちっとも寒くないぞ」と上着をまくり上げて見せた。当然、女の子にいいところを見せようと思ったのだ(笑)。
そして、そんなふうに「しゃんと」したら、やはり、あんまり寒くないのである。

「気合い」という言葉が一般に示すような、煩かったり、仰々しいのは嫌いだ。
(まあ、さっきの女子の前での「寒くない」アピールは、やや気合いっぽかったが 笑)
静かに、しかし、強い心で「しゃんとする」ことが大切である。
そして、そのために、無理にでも笑顔になったり、ガッツポーズをすれば良いと思う。
すると、潜在意識に火が付き、潜在意識は世界を揺るがしてでも、願いを叶えてくれるだろう。








  
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