開運、幸運に関し、私が最も鮮烈に感じたのは、江戸時代の観相家(顔や身体の様相で占う占術家)であった水野南北だろう。
手元に水野南北の本が全くないのだが問題ない。
彼の教えは全くシンプルだからだ。
それは、
「幸運かそうでないかは、ただ、食が多いか少ないかだけで完全に決まる」
というものだ。
つまり、食べる量が少なければ幸運、多ければ、不運、衰運となるということである。
これに関し、水野南北は、「万に一つの外れもない」と断言し、不動の自信を示した。
ただ少食で粗食であれば良いのである。
他には、いかなることも必要はない。
例えば、ある男が水野南北に、「遊郭(公共の遊女屋)遊びが止められない。どうすれば良いか?」と相談に来た。
すると水野南北は「全く問題ない。必要なのは食が少ないことだけだ。食を大いに慎み、バンバン遊郭に行きなさい」と答えた。
水野南北自身、部類の女好きで妻は8人いた。ただし、長者である水野南北は、8人共正妻とし、生涯、面倒を見たという。
ただ、水野南北は、少食粗食を強く奨めはしたが、決して度は過ぎていなかったと思う。
世の中には、極端な少食、あるいは、全く食べない不食を実施していると公言する者もいくらかいるとは思うが、水野南北はその類ではないと思う。
彼は、食を楽しむことまで悪いとは言わず、自分に関しても、十分に食事や酒を楽しんでいると言っていたと思う。
確かに、水野南北の食事の量は普通の人から見れば少な過ぎ、また、米は一切食べず、麦飯を食べた。
とはいえ、美食は禁じながらも、特に肉食も禁止せず、1日1合とはいえ、大好きな酒も楽しんでいた。尚、徳川家康も、米は食べず麦を食べ、食の慎みは推奨していた。
水野南北の印象深い教えとしては、「3つ食べられるところなら2つ食べ、1つは神仏に捧げよ。別に仏壇、神棚に備えなくても、心で捧げれば良い」というものがある。
食べなかったものは捨てても良いとした。
そう言うと、「捨てるなど勿体ない。捨てるくらいなら、食べた方が神仏の意向に沿うのではないか?」と思う者が多いであろうが、水野南北は、「食べたら糞になるが、捨てたら土に帰る」と言って、それを否定した。
尚、捨てて土に帰るのは植物性のものであり、肉類は腐るから、草食の方が良いとはしたが、釈迦も肉食をしていたことを指摘し、特に、老人の場合は、消化の良い肉食を薦めることもあった。
そして、肉食のために、鳥類や魚類を殺生することに関しては、「それらの生き物は、元々、人間の食用であり、彼らも食べられて本望なのである」と言ったが、それは、水野南北の個人的見解ではなく、彼は、仙道に深く通じ、また、仏教、儒教も学んでいた。
ところが、水野南北は学がなく、文字を読めないので、口頭で教わるか、書物を他人に読んでもらっていた。
水野南北は、生まれつき衰運で、姿は非常に醜く、10歳で飲酒を始め、15歳で悪事を働いて牢屋敷に入れられたほどだった。17歳くらいの時には、高名な占い師に「1年以内に死ぬ」とまで言われた。しかし、少食粗食を始めてからは幸運となり、7つの蔵を持つ大長者として、当時としては異例の75歳の長寿を全うした。
少食粗食が健康に良いことは間違いない。
私も、10年ほど前、大変に身体が悪くなっていて、健康診断の度、「要診療」「警告」だらけだったのが、少食粗食を実施し半年で、健康診断はオールAの超健康体となった。
ただ、私も、極端な少食を薦める気はない。
私は、元々は、そういった極端な少食主義者に陥っていたが、それは間違いかもしれない。
『バガヴァッド・ギーター』で、神クリシュナは「食べ過ぎてはいけない。だが、少食過ぎてもいけない」と言っている。
また、エマーソンが「人類の5人」に挙げ、ヘレン・ケラーも心酔した、科学者・政治家・宗教家であったエマニュエル・スウェーデンボルグは、天使に、「満腹するまで食べて自分を甘やかすな」と警告されたが、その程度である。
私は、「決まった時間以外には食べず、食べる時は腹八分目を超えない」を守っている。
私は、16歳の時に、176cm、63kgであったが、今もぴったり同じである。
一番少ない時で59kgだったが、その頃は、かなり貧相に見えたようだ。
ただ、これは人それぞれで、BUMP OF CHICKENの藤原基央さんは176cmで55kgらしいが、やはりロッカーはがりがりに痩せているのが格好良いと思う。
サッカーの三浦知良さんは177cm、69kgで、筋肉質な彼は、これがまさに理想的な体形と思う。
手元に水野南北の本が全くないのだが問題ない。
彼の教えは全くシンプルだからだ。
それは、
「幸運かそうでないかは、ただ、食が多いか少ないかだけで完全に決まる」
というものだ。
つまり、食べる量が少なければ幸運、多ければ、不運、衰運となるということである。
これに関し、水野南北は、「万に一つの外れもない」と断言し、不動の自信を示した。
ただ少食で粗食であれば良いのである。
他には、いかなることも必要はない。
例えば、ある男が水野南北に、「遊郭(公共の遊女屋)遊びが止められない。どうすれば良いか?」と相談に来た。
すると水野南北は「全く問題ない。必要なのは食が少ないことだけだ。食を大いに慎み、バンバン遊郭に行きなさい」と答えた。
水野南北自身、部類の女好きで妻は8人いた。ただし、長者である水野南北は、8人共正妻とし、生涯、面倒を見たという。
ただ、水野南北は、少食粗食を強く奨めはしたが、決して度は過ぎていなかったと思う。
世の中には、極端な少食、あるいは、全く食べない不食を実施していると公言する者もいくらかいるとは思うが、水野南北はその類ではないと思う。
彼は、食を楽しむことまで悪いとは言わず、自分に関しても、十分に食事や酒を楽しんでいると言っていたと思う。
確かに、水野南北の食事の量は普通の人から見れば少な過ぎ、また、米は一切食べず、麦飯を食べた。
とはいえ、美食は禁じながらも、特に肉食も禁止せず、1日1合とはいえ、大好きな酒も楽しんでいた。尚、徳川家康も、米は食べず麦を食べ、食の慎みは推奨していた。
水野南北の印象深い教えとしては、「3つ食べられるところなら2つ食べ、1つは神仏に捧げよ。別に仏壇、神棚に備えなくても、心で捧げれば良い」というものがある。
食べなかったものは捨てても良いとした。
そう言うと、「捨てるなど勿体ない。捨てるくらいなら、食べた方が神仏の意向に沿うのではないか?」と思う者が多いであろうが、水野南北は、「食べたら糞になるが、捨てたら土に帰る」と言って、それを否定した。
尚、捨てて土に帰るのは植物性のものであり、肉類は腐るから、草食の方が良いとはしたが、釈迦も肉食をしていたことを指摘し、特に、老人の場合は、消化の良い肉食を薦めることもあった。
そして、肉食のために、鳥類や魚類を殺生することに関しては、「それらの生き物は、元々、人間の食用であり、彼らも食べられて本望なのである」と言ったが、それは、水野南北の個人的見解ではなく、彼は、仙道に深く通じ、また、仏教、儒教も学んでいた。
ところが、水野南北は学がなく、文字を読めないので、口頭で教わるか、書物を他人に読んでもらっていた。
水野南北は、生まれつき衰運で、姿は非常に醜く、10歳で飲酒を始め、15歳で悪事を働いて牢屋敷に入れられたほどだった。17歳くらいの時には、高名な占い師に「1年以内に死ぬ」とまで言われた。しかし、少食粗食を始めてからは幸運となり、7つの蔵を持つ大長者として、当時としては異例の75歳の長寿を全うした。
少食粗食が健康に良いことは間違いない。
私も、10年ほど前、大変に身体が悪くなっていて、健康診断の度、「要診療」「警告」だらけだったのが、少食粗食を実施し半年で、健康診断はオールAの超健康体となった。
ただ、私も、極端な少食を薦める気はない。
私は、元々は、そういった極端な少食主義者に陥っていたが、それは間違いかもしれない。
『バガヴァッド・ギーター』で、神クリシュナは「食べ過ぎてはいけない。だが、少食過ぎてもいけない」と言っている。
また、エマーソンが「人類の5人」に挙げ、ヘレン・ケラーも心酔した、科学者・政治家・宗教家であったエマニュエル・スウェーデンボルグは、天使に、「満腹するまで食べて自分を甘やかすな」と警告されたが、その程度である。
私は、「決まった時間以外には食べず、食べる時は腹八分目を超えない」を守っている。
私は、16歳の時に、176cm、63kgであったが、今もぴったり同じである。
一番少ない時で59kgだったが、その頃は、かなり貧相に見えたようだ。
ただ、これは人それぞれで、BUMP OF CHICKENの藤原基央さんは176cmで55kgらしいが、やはりロッカーはがりがりに痩せているのが格好良いと思う。
サッカーの三浦知良さんは177cm、69kgで、筋肉質な彼は、これがまさに理想的な体形と思う。
当ブログ著者、KayのAI書。 この本は、概念書や学術書ではなく、来るべきAI時代に対応出来るよう、自分で実用的なAIを作ることが出来るようになることを意図して書かれています。 そのために必要なことは、WindowsやExcelをそこそこに使えるスキル程度であり、数学、プログラミング、AI理論の知識を要求しません。 普通の言葉で書かれていて、普通の概念で理解出来、しかも、面白いテーマで楽しく学べるよう配慮しました。 |
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