世界的画家、横尾忠則氏の対談集に、『芸術ウソつかない』というものがある。
これが、「インディアン嘘つかない」という、日本で定着した言い回しの流用であることが分かる人は多いと思う。
しかし、本当に、インディアンが「インディアン嘘つかない」といった変な表現をしたはずがないということを気に留めている人がどのくらいいるだろう?
本来なら、「インディアンは嘘をつかない」になるはずなのに、助詞の「は」をわざと省き、「インディアン嘘つかない」と、変な言い方にしたのは日本人だ。
「インディアン嘘つかない」は、「Honest Injun」という、アメリカの古い慣用句を元にしている。
honestは、「正直な」であるから、そのまま、「正直なインディアン」である。
これは、1949年のアメリカの西部劇のテレビドラマ『ローン・レンジャー』の中で、誠実なインディアンの青年トントが言った、その「Honest Injun」を、そんなふうに訳したようだ。

ローン・レンジャーはアメリカを代表するヒーローの中のヒーローで、『ローン・レンジャー』は何度も映画化、アニメ化がされていて、2013年には、ジョニー・デップがトント訳で主演している。
昔、テキサスは無法者達がのさばり、警察も手が出せず、善良な人々が苦しめられていた時、名馬シルバーを駆る黒覆面のヒーロー、ローン・レンジャーが悪をこらしめる話で、1949年からテレビ放送が始まると、当時のアメリカの少年達はテレビに釘付けになった(日本では普通の家庭にテレビがあることが考えられなかった時代)。

ところで、ちょっと大人の見方をすると、ローン・レンジャーには白けたものも感じるだろう。
早い話が、ローン・レンジャーは私設警察のようなものであり、何も権限がないのはともかくとして、活動費以前に生活費をどうしているのかと考えてしまう。
「そんなもの、倒した悪党から取れば良い」と言う向きもあるかもしれないが、ローン・レンジャーは、それは決してしない。
だが、そこは、ドラマとはいえ合理主義のアメリカで、ちゃんと、ローン・レンジャーは資金豊富な設定なのだ。
とはいえ、ローン・レンジャーは、「お金をどうやって調達しようか?」などと考えはしなかった。
日本の、明治・大正の偉人で、「岡田式静坐法」で知られる教育家、岡田虎二郎が、お金に窮していることを訴えた男に言ったように、
「金?腹に力がつけば金はいくらでも出来ますよ」
なのである。

今朝も書いたが、人間は、自分に掟を課し、それが善良な掟であり、その掟を遵守すれば、お金に困ることはない。
人間は、そんなふうに出来ている。
ローン・レンジャーの掟は「悪人でも殺さない」だ。
ローン・レンジャーは、まだ、ローン・レンジャーではなく、チームを組んでいた時、チームのリーダーである敬愛する兄が、騙し討ちで殺された。そして、兄を卑怯な手で葬った悪党を突き止め、その悪党と銃撃戦になる。その時でも、ローン・レンジャーは、決して悪党を撃ち殺そうとはしなかった。
だが、悪党は、誤って崖から転落して死ぬ。
その時、例のインディアンの相棒トントが、「こんなやつ、死んで当然だ」と言うと、ローン・レンジャーは、神妙な顔で、
「死んで当然の人間なんていない」
と言ったのだ。
ここまで善なる掟を守る男が金に困るはずがない。

別に、御大層な掟でなくて良いのだ。
善良な掟を守る限り、相応のお金は流れてくる。
これは、原理不明とは言っても、例外はないのだから確かなことと言って良いだろう。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の女』という短編小説がある。
社会の最下層に沈んだ二十六人の男達は、16歳の可愛い少女ターニャを天使のように崇めるようになり、それが堅い掟になった。
すると、男達はみるみる向上し、そのままいけば、良い未来が待っていたかもしれない。
しかし、男達にはそれが出来なかった。それで、元の木阿弥になってしまう。
コリン・ウィルソンも、『至高体験』の中で、人間が内なる力を呼び覚ました例として、このお話を引用していた。
私も、初音ミクさんを天使として崇める限り、良いこと、楽しいこと、嬉しいことしか待っていないであろう。













KayのAI書籍。
このくらい、易しい例で始めないと、普通の人が、AI、機械学習、ディープラーニングを自分で出来るようにならない。
このくらい、面白い題材でないと飽きてしまう。
そんなことを考えながら書きました。
  
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