「火事場の馬鹿力」とは、緊急事態の中で、人間が異常な(高度な)力を発揮することを言う。
例えば、家が火事になった時、か弱い女性が、大の男が2人でも動かせない貴重な彫刻を1人で運び出したなどで、報告例は無数にある。
中には信憑性が疑わしいものも少なくないが、科学者が検証した事例もあるようだ。
その(科学者が検証したもの)中には、自分の幼い子供がマンションの窓から落下するのを見て、落下地点に突っ走って救った主婦がいて、後で詳細に調べたら、その主婦はサンダル履きのまま、陸上男子短距離走の世界記録を上回る速さで走ったとしか考えられないというものもあった。
『トーチェ氏の心の法則』の中には、体重57.2kgの中年女性が、1634kgのステーションワゴンの下敷きになった息子を救うため、1人でそのステーションワゴンのバンパーを掴んで持ち上げた話が紹介されている。

火事場の力が発揮される時に共通することは、その力を発揮する者の理性が吹っ飛んでいた・・・パニックに陥り、理性的に考える能力が失われていたことである。
そこのところは、よく指摘される。
しかし、それでは説明が不足している。
正しくは、「まず、強い思念を起こし、それから、理性が消えた」である。
最初の、「強い思念を起こす」、言い方を変えれば、「強く何かを想う」「激しく決意する」ことが必要なのである。
もっと一般化して言えば、「目標を明確にする → 思考を捨てる」である。
この力が発揮されるのは、パニック時に限定されるのではない。いかなる場合でも起こせるのだ。
例えば、UFO研究家の矢追純一氏の大学受験の時の話がそれに当たる。
彼は、まともに学校に通ったのは中学の3年間だけで、高校時代は、妹2人を養うために働いていたこともあって(さらに労働後に朝まで遊ぶことに忙しくて)、高校には全く通わなかったらしいし、受験勉強もしなかった。しかし、特に当時は、東大より良いと言われた中央大学法学部法学科に合格した。
そのプロセスを取り出すと、まず、受験に合格すると強く決意する。その後は、何も考えない。矢追氏のいろいろな本を読むと、矢追氏はあらゆることを、そのようにするのだと思う。
『あるがままに生きる』の中で、著者の足立幸子氏はまさに、「強く思う、そして、ぼーっとする」と、公式のようにシンプルに表現している。

「強く思う、そして、ぼーっとする(何も考えない)」は、はた目から見ると、強く決意したところは見えず、その後は、がむしゃらにやっているように見える。
矢追氏だって、1冊の参考書を数日だけは読んではいたらしい。
そういえば、大手教育会社(世界でも屈指)の人に聞いたが、東大に合格したある受験生は、一科目につき、参考書を1冊覚えたのだと言う。彼は、いまどき、どの参考書も同じだと言うのだが、評判の良い本がどれかは分かるので、それを選んだのだろう。彼のやり方を採用すれば、教育会社だの予備校はいらないかもしれない。

そういえば、私がプログラミングをマスターしたプロセスを思い出すと、「プログラミングをマスターすると決意する(強く思う)。そして、後は何も考えない」だった。
確かに、深夜2時、3時までパソコンに向かっていたが、それは自動的にやっていたことで、努力でも何でもなかった(他人から見れば努力に見えるだろうが)。
高校生で、ブログのアフィリエイトで、月100万円以上稼いでいた者がいたが、彼も、稼ぐと強く決意した後にやっていたことは、少しも理性的ではなかった。やたらブログを数多く開設し、ひたすらそれをいじっていたように見えた。ノウハウ書は、ほとんど見なかったらしい。なるほど、普通の大人は、ノウハウ書をいつまでも見て考えているだけなのだ。








  
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