私が知っている、ある高級SEが、「『火垂るの墓』は涙なくして見れない」と真剣に言っていたが、私はあの映画は全く見ることが出来ない。
あの作品中、まだ子供であるのだから当たり前だが、兄に甲斐性がなく、妹を栄養失調死させるが、原作小説の著者、野坂昭如さんも、下の妹を栄養失調で亡くしているらしい。
ところが、UFO研究家の矢追純一さんは、高校1年生の時、母が亡くなり(父は彼が10歳くらいの時、病死している)、自分と妹2人が1人ずつ親戚に、露骨に「仕方なく」引き取られると、矢追さんは、妹達に肩身の狭い思いをさせるのが嫌で、2人とも高校に入ったばかりの自分が引き取り、自分は学校に行かずに朝から深夜まで働いた・・・と言うと、悲惨な青春のようだが、その「深夜まで働いた」の後、そこから、「毎日遊びに行き、明け方まで飲んでいた」らしい。高校生が(笑)。
本人も、ちっとも哀れとは思っていなかったようだ。しっかりリア充していたのである。

ところで、野坂昭如さんといえば、私は、老人になってからのイメージしかないのだが、若い頃は、かなりいい男で、作家であるだけでなく、歌手やタレントでもあった。
その野坂昭如さんが老年になっていたある時、一世を風靡した男性アイドルグループの中でも一番人気のあったメンバーとテレビに出たのだが、今でも、その元メンバーの熱烈なファンであるという、まだ若い女性が登場したが、その元メンバーが落ち着きのない態度であったので、野坂さんが、
「お前は(彼女にとって)理想の男なんだろ?理想の男らしい態度をしろ」
と叱責したのを、私はよく覚えている。
そう言えば、タレントなどで、歳を取っても格好良くて人気のある人は、多くの人にとっての「理想の男(女)」であるという自覚のある人で、そんな態度を忘れない。
タレントだけでなく、スポーツで素晴らしい成果を上げた選手は、今の日本では「理想の人」に見られることが多いが、まあ、いろいろあるのだとは思うが、それでも、「もっと理想の人らしくしろ」と言いたくなる人も少なくはなく、そして、そんな(理想の人らしくない態度の)人は、一瞬は、オリンピックでメダルを取ったりしても、すぐに駄目になり、その後、別分野(例えばタレント)に転身しても、サッパリなのである。
そして、凡人というのは、自分が素晴らしい人間だという自覚の全くない態度や振る舞いをする者が多く、そんな者は、やはりうだつが上がらない。
教育者が書いた本だが、その本の中で、小学6年生の女の子が、「可愛い女の子がエッチなことをされるのが羨ましい。私もされたいが(限度はあるとする)、私は全然可愛くないので、そんなことは全くしてもらえない」と言っているのだが、可愛い子にも、そうでない子にも悩みはあるものだ。
しかし、可愛い子は、やはり、羨ましがられることが多いのだから、それに相応しい立派な態度をしなければならないのである。そうでなければ、本当に、あっという間に可愛くなくなる。
逆に、輝いている者の態度をすれば輝くのである。詳しくは述べないが、これは分子生物学の裏付けもあるのである。
上に挙げた矢追純一さんも、高校1年生であっても、妹達を養えるのが当然という態度で、後は大きな力に身をまかせていたので、うまくいったのだと思う。
人生は、本来、楽で楽しいのである。
それが解る書籍を下にご紹介する。









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