クリスマス・イヴであることに気付かずに過ごしたのは、物心ついてから初めてのような気がする。
スーパーに買い物に行っても、「なんで、こんなにチキンが売られてるんだ」といぶかりはしたが、それでも思いつかなかった。
まあ、本来、キリスト教徒でもない人達に、イエスの誕生日は何の意味もないだろうし、私も、イエスは嫌いではないが、キリスト教徒ではない。
そもそも、イエスの誕生日が本当はいつかは分かっていないはずだし、イエスの誕生日が12月25日となったのは、6世紀頃、キリスト教の権威者達が会議で決めたことらしいし、なぜその日を誕生日にしたかというと、マニ教の太陽神であるミトラ神の生誕日を当てた・・・等々という夢のない話を沢山思い出す(以上、私の記憶にあるもので、正確ではないと思う)。
クリスマスにしたって、ユダヤ人の生活習慣(午前0時が一日の始まりではない)に従えば、26日が本当のクリスマスだとか、そんな話も見た気がする。
マッチ売りの少女の命日は大晦日であったはずだが、物語の描写がクリスマスのような雰囲気で、私には、クリスマスと大晦日の区別がなくなってしまった。
あのお話がトラウマになってしまい、私はクリスマスというものが、あまり好きでない。
むしろ、クリスマスを忘れてしまったのは自然なことだったのかもしれない。
小学生の時は、合同のクリスマス・パーティー(当時はクリパなんて言わなかった・・・今も言わないか)に無理矢理参加させられたり、本当に散々な思い出しかない。
だが、17歳の時のクリスマス・イブにディケンズの『クリスマス・キャロル』を読んでいたことを覚えている。
好きな話だったが、考えてみれば、いろいろおかしい。
スクルージは、自分の遺体がぞんざいに扱われるのを見てショックを受けたことが、改心の決め手だったように思うが、それって、脅しで心を入れ替えたってことではないだろうか?「悪い人間だと、こんな悲惨なことになるぞ」っていう。
しかし、善い人間でありながら、死体を丁重に扱ってもらえなかった人は沢山いるわけで、いまだアウシュビッツの処刑場には、ユダヤ人達の人骨が転がっているという話を見た覚えがある。
そして、私が気になるのは、スクルージを救った彼の唯一の友人だったマーレイは、スクルージを救ったことで、ちょっとは地獄での待遇が良くなったかということだが、それには触れられていない。
しかも、スクルージは、「自分が死んだ時は、マーレイよ、お前よりずっといい身分であることを見せてやる」なんて、自分のことしか考えていなかったみたいだし。
彼は、友人の恩を忘れた罪でギルティ(有罪)だ。
昨日は、WOWOW(「わうわう」と読むとは知らずに、ずっと「をうをう」と言っていた)で録画した、Snow Miku2018 Liveのアンコールの雪ミクさんの3曲、つまり、『好き!雪!本気マジック』、『Snow Fairy Story』、『四角い地球を丸くする』を、合わせて3回観た。
凄くきれいで、可愛かった。
しかし、なんで、ブルーレイディスクにコピーしたら、コピーでなく移動になってしまい、レコーダーのハードディスクから消えてしまうんだ?
ガチガチの権利主義にすっかり嫌気が差し、リッピングしてやろうかと思った(誰でも簡単に出来るけど)。
地球は、やっぱり、まだまだ四角い。丸く出来るのはミクさんだけなのだ。
クリスマスも大晦日もお正月も、あまり良い思い出はないが、それほど嫌いでもない。
むしろ好きな部分もある。
黒住宗忠によれば、神様にまるごとまかせきれば、年の暮れも穏かでいられるのらしい。
だが、ラクダはつないでおくように。
神様にやらせるようなことでないことまで怠けてはいけない。
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スーパーに買い物に行っても、「なんで、こんなにチキンが売られてるんだ」といぶかりはしたが、それでも思いつかなかった。
まあ、本来、キリスト教徒でもない人達に、イエスの誕生日は何の意味もないだろうし、私も、イエスは嫌いではないが、キリスト教徒ではない。
そもそも、イエスの誕生日が本当はいつかは分かっていないはずだし、イエスの誕生日が12月25日となったのは、6世紀頃、キリスト教の権威者達が会議で決めたことらしいし、なぜその日を誕生日にしたかというと、マニ教の太陽神であるミトラ神の生誕日を当てた・・・等々という夢のない話を沢山思い出す(以上、私の記憶にあるもので、正確ではないと思う)。
クリスマスにしたって、ユダヤ人の生活習慣(午前0時が一日の始まりではない)に従えば、26日が本当のクリスマスだとか、そんな話も見た気がする。
マッチ売りの少女の命日は大晦日であったはずだが、物語の描写がクリスマスのような雰囲気で、私には、クリスマスと大晦日の区別がなくなってしまった。
あのお話がトラウマになってしまい、私はクリスマスというものが、あまり好きでない。
むしろ、クリスマスを忘れてしまったのは自然なことだったのかもしれない。
小学生の時は、合同のクリスマス・パーティー(当時はクリパなんて言わなかった・・・今も言わないか)に無理矢理参加させられたり、本当に散々な思い出しかない。
だが、17歳の時のクリスマス・イブにディケンズの『クリスマス・キャロル』を読んでいたことを覚えている。
好きな話だったが、考えてみれば、いろいろおかしい。
スクルージは、自分の遺体がぞんざいに扱われるのを見てショックを受けたことが、改心の決め手だったように思うが、それって、脅しで心を入れ替えたってことではないだろうか?「悪い人間だと、こんな悲惨なことになるぞ」っていう。
しかし、善い人間でありながら、死体を丁重に扱ってもらえなかった人は沢山いるわけで、いまだアウシュビッツの処刑場には、ユダヤ人達の人骨が転がっているという話を見た覚えがある。
そして、私が気になるのは、スクルージを救った彼の唯一の友人だったマーレイは、スクルージを救ったことで、ちょっとは地獄での待遇が良くなったかということだが、それには触れられていない。
しかも、スクルージは、「自分が死んだ時は、マーレイよ、お前よりずっといい身分であることを見せてやる」なんて、自分のことしか考えていなかったみたいだし。
彼は、友人の恩を忘れた罪でギルティ(有罪)だ。
昨日は、WOWOW(「わうわう」と読むとは知らずに、ずっと「をうをう」と言っていた)で録画した、Snow Miku2018 Liveのアンコールの雪ミクさんの3曲、つまり、『好き!雪!本気マジック』、『Snow Fairy Story』、『四角い地球を丸くする』を、合わせて3回観た。
凄くきれいで、可愛かった。
しかし、なんで、ブルーレイディスクにコピーしたら、コピーでなく移動になってしまい、レコーダーのハードディスクから消えてしまうんだ?
ガチガチの権利主義にすっかり嫌気が差し、リッピングしてやろうかと思った(誰でも簡単に出来るけど)。
地球は、やっぱり、まだまだ四角い。丸く出来るのはミクさんだけなのだ。
クリスマスも大晦日もお正月も、あまり良い思い出はないが、それほど嫌いでもない。
むしろ好きな部分もある。
黒住宗忠によれば、神様にまるごとまかせきれば、年の暮れも穏かでいられるのらしい。
だが、ラクダはつないでおくように。
神様にやらせるようなことでないことまで怠けてはいけない。
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Kayさんに
クリスマスプレゼント…˘m˘*☆彡
https://www.youtube.com/watch?v=dXgfLbdI7lM