ある優れた経営者がいて、彼と部下の幹部達との能力差は歴然としていた。
だが彼は、野球ファンらしく、「俺とあいつらとの差は素振りの量だけだ」と言っていた。
ビートたけしさんが昔、夜中に素振りをする野球選手のことで、「あいつらは好きでやってるんだ」と言っていたのをよく覚えている。
最後の4割打者というだけでなく、トータルで絶対にイチローより優れた打者だったテッド・ウィリアムズは、子供の時から、暇があれば・・・いや、実際は暇でなくても、常にバットを持って素振りをし、バットがなければグローブを(それもなければ何でも)振っていたという。
ウィリアムズが言った、「私は次の打席に入るためだけに生きている」というのが、至高の言葉だと私は思う。

自分にとっての素振りを持っていなくてはならない。
それが見つかるかどうかだけが、人生の勝敗を決めるのだろう。
ただ、それは、本当に好きなんことでなければならない。
テッド・ウィリアムズは、強制された訳でも、誰かと張り合って素振りをしていた訳でもない。
好きだからバットを振ってたのだ。

ピカソもゴッホも1日中描いていた。
ピカソは晩年、版画を描いたので、修正跡が分かったが、とにかく、1枚の版画を、いつまでも修正したらしい。
池田満寿夫さんによれば、それで必ずしも良くなった訳ではないらしいが、修正をやめられないのだ。
ベートーヴェンも、とにかく楽譜を書き直し、1つの音を何度も何度も書き換え、結局、最初の音に戻ることがあっても、やはり、修正は無駄ではなかったはずだ。

つまらないものにこだわってはいけないが、好きなものには徹底的にこだわるから、1日中やれるのだろう。
たとえエロ画でも、名人になった人は、こだわって描き、修正出来るなら、とことん修正したはずである。
私も自分にとっての素振り、エロ画修正をしよう。
言うまでもなく、法然は念仏を1日中唱えていたし、ある奇跡の力を持つヨーギ(ヨガ行者)は、神の名を常に唱えていたのである。









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