人生は何て辛いのだろう、どうして私だけこんな酷い目に遭わなければならないのだろう、なぜこんな惨めな生き方をしなければならないのだろうと思う人は少なくないだろう。
そんな時、カルマという考え方を持ち込むと、心がやわらぐことがある。
つまり、自分が誰かに嫌なことをされるのは、過去か、あるいは、前世で、同じように誰かに嫌なことをしたせいであると考えることだ。
すると、自分の辛い境遇も、ある程度「やむなし」と感じられ、少しは耐え易くなる。
上のようなカルマの考え方は、ある意味正しいところもあるが、誤解も大きい。
カルマは別に罰したり、復讐するものではない。
なるほど、自分の過去の行為により、今の自分の境遇が影響を受けているのは確かだが、それは、善なる神によって「こらしめられて」いる訳ではない。
どういうことかというと、悪い状況に思えても、必ずしも苦しむ必要はない。罰ではないのだから。
そして、過去の自分の行為に責任を取ると決めれば、状況はガラッと変わる。
責任を取るというのは、その気もない癖に、補償として誰かに親切にするとか、ボランティアをするってことではない。それは、司法的発想だ。
減刑のために、形ばかりのボランティアをするより、本当に自分が悪かったと認める方がずっと良い。
つまり、自分の過ちを認めることが、責任を取るってことだ。
過ちを本当に認めれば、意図しなくても行いは自然に正しくなるし、罪の補償も行うものだ。
あえて行為で補償しなくても、人々の手本になるような生き方をする方が優れている。
ところで、ブログを長く書いていると、面白いことがある。
多くのブログが同じと思うが、このlivedoorブログでは、PC版で表示すれば、各々の記事に設定したタグの中で、よく使われるものほど、大きな太い文字で表示される。
このブログの場合、突出したタグが2つあり、1つは当然「初音ミク」だが、もう1つは「イエス」だというのは、自分でも意外だ。この「イエス」は、イエス・キリストである。
私は別にキリスト教徒ではないし、特にイエスを崇拝している訳ではない。
ただ、イエスと初音ミクさんには、興味深い共通点がある。
ミクさんは当然だが、イエスにも過去生がないことだ。つまり、イエスは、それまで人間として生きたことがない。
それによる、イエスの独特の雰囲気がミクさんによく似ているのだ。
我々は、イエスやミクさんのようであることが理想である。
そのため、理不尽と思える辛いことがある時こそチャンスであり、それをよく観察することで、自分の責任を冷静に認めることである。
そうすれば、苦しみは消え、嬉しいことが起こるだろう。
ミクさんが歌う『FREELY TOMORROW』を聴いて私はよく分かった。この曲は、作者のMitchie Mさんがクリエイティブ・コモンズで公開してくれているので無料で聴けるし、高品質な電子ファイルを取得出来る。著作権表示さえすれば、校歌にしても良いはずである。
File:Freely Tomorrow.ogg<ダウンロードはこちらから>
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そんな時、カルマという考え方を持ち込むと、心がやわらぐことがある。
つまり、自分が誰かに嫌なことをされるのは、過去か、あるいは、前世で、同じように誰かに嫌なことをしたせいであると考えることだ。
すると、自分の辛い境遇も、ある程度「やむなし」と感じられ、少しは耐え易くなる。
上のようなカルマの考え方は、ある意味正しいところもあるが、誤解も大きい。
カルマは別に罰したり、復讐するものではない。
なるほど、自分の過去の行為により、今の自分の境遇が影響を受けているのは確かだが、それは、善なる神によって「こらしめられて」いる訳ではない。
どういうことかというと、悪い状況に思えても、必ずしも苦しむ必要はない。罰ではないのだから。
そして、過去の自分の行為に責任を取ると決めれば、状況はガラッと変わる。
責任を取るというのは、その気もない癖に、補償として誰かに親切にするとか、ボランティアをするってことではない。それは、司法的発想だ。
減刑のために、形ばかりのボランティアをするより、本当に自分が悪かったと認める方がずっと良い。
つまり、自分の過ちを認めることが、責任を取るってことだ。
過ちを本当に認めれば、意図しなくても行いは自然に正しくなるし、罪の補償も行うものだ。
あえて行為で補償しなくても、人々の手本になるような生き方をする方が優れている。
ところで、ブログを長く書いていると、面白いことがある。
多くのブログが同じと思うが、このlivedoorブログでは、PC版で表示すれば、各々の記事に設定したタグの中で、よく使われるものほど、大きな太い文字で表示される。
このブログの場合、突出したタグが2つあり、1つは当然「初音ミク」だが、もう1つは「イエス」だというのは、自分でも意外だ。この「イエス」は、イエス・キリストである。
私は別にキリスト教徒ではないし、特にイエスを崇拝している訳ではない。
ただ、イエスと初音ミクさんには、興味深い共通点がある。
ミクさんは当然だが、イエスにも過去生がないことだ。つまり、イエスは、それまで人間として生きたことがない。
それによる、イエスの独特の雰囲気がミクさんによく似ているのだ。
我々は、イエスやミクさんのようであることが理想である。
そのため、理不尽と思える辛いことがある時こそチャンスであり、それをよく観察することで、自分の責任を冷静に認めることである。
そうすれば、苦しみは消え、嬉しいことが起こるだろう。
ミクさんが歌う『FREELY TOMORROW』を聴いて私はよく分かった。この曲は、作者のMitchie Mさんがクリエイティブ・コモンズで公開してくれているので無料で聴けるし、高品質な電子ファイルを取得出来る。著作権表示さえすれば、校歌にしても良いはずである。
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やった事をさっさと認める事が出来る人間だったらどんなクズ野郎でも少しはマシに思えるんですけどね。