世界は想念で出来ているなどという、ぼやかした、曖昧な、小奇麗な言い方では、はっきりと分からない。
ちゃんと分かり易く言うなら、世界は思い込みで出来ているのである。
そして、個人の思い込みと、集団の思い込みがあるのだが、それに関する重要なことを覚えておいて欲しい。
それは、個人の中にもいろんな思い込みがあり、集団の思い込みは、その総体なのであるから、バラバラであまり強くないということだ。
1人の人間が、統一された強い思い込みを持てば、集団はそれに従うのである。
だから、この世の王になりたければ、統一された強い思い込みを持つことだ。
そのためには、まず何より、強い意思を持たなければならない。
狂信者の思い込みなんて実に脆い。意思の力が弱いからだ。だから、連中が口先で言う世界なんて全く実現しないのだ。
そして、意思は使うことで強くなる。
では、どうやって意思を使うかだが、難しくはない。
例えば、ケーキが3つある時、意志を使わなければ3つとも食べてしまうが、1つ残すために意思を使う・・・というふうにやるのである。
毎晩、スクワットをやると決め、1年365日、本当に欠かさずに続ければ、かなり強い意思が持て、支配力が高まる。
そして、同じくらいの体力の3人が、1人はスクワット20回、1人は100回、もう1人が200回なら、日が経つにつれ、全員、意思の力が高まるとはいえ、その強さには大きな差が出る。
20回が続かない者が、まるで駄目男として、惨めな人生を送る。

それなりの修行を、1年365日欠かさず続けていれば、やがて、「私はこれをやっているから大丈夫だ」という自信が出来、実際、何でも大丈夫になる。
意思が強くなっていけば、それにつれて、世界の支配力が高まり、人生は思うがままになっていく。
世の中を自由自在に闊歩している人間というのは、隠れたところでかもしれないが、必ず、何かの修行を毎日やっているのである。
意思の弱い者が何かを念じたって実現しない。そもそも、念じることが続けられない。
だが、意思の強い者が、その意思を向ければただちに現象界に現れるのである。
だから、修行をすることだ。
どんな修行をするかは、何でもいいけれども、必ず自分で決めることだ。









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