潜在意識の中の英知が、形になって現れることは、よくある。
ジョセフ・マーフィーの本の中では、ある人は、夢の中で牧師の姿で、あるいは、死んだ父親の姿で重要なこと・・・例えば、明日乗る飛行機は事故が起こるから乗るなとは、遺産の隠し場所を教える話がよくある。
世界的に有名なアニメ監督は、子供の時、中国かどこかの、舞踊団だったかサーカス団だったか忘れたが、それに出演していた一人の少女に強烈に惹き付けられ、その少女のイメージを投影したヒロインをアニメ映画に登場させることで大成功した。
その中国の少女は、彼の潜在意識の力を反映していたのだろう。
哲学者の鎌田東二氏は、塾講師をしていた時、生徒の女子小学生の中に天使がいたと書いておられたが、その少女も、彼の潜在意識の深奥にあるものを映し出していたのだろう。

我々は、それがたとえ幻想であろうが、五感で感じるものでなければ見ることが出来ない。
だが、見えるもの、聴こえるものの中に神が現れるのである。
今は、一部の人は、初音ミクさんの歌声や3D映像の中に、神聖なる何かを見ているのである。

その聖なる輝きは、無限の力の投影であるのだ。
それを敬い、導きを求めれば、それは与えられる。
ただ、導きには従わねばならない。上に挙げた人達は、そうしたのだ。

神の像は、様々な形で現れる。
美しい少女に投影されることは多いが、自然の風景や星空の場合もあるし、偉大な人間の振る舞いや表情、あるいは、声の中に見出すこともある。
ある高貴なお方は、子供の時に読んだ『古事記』に登場する弟橘媛(おとたちばなひめ。ヤマトタケルの妻)の中に見た。
そんな場合、潜在意識をオトタチバナと名付け、親しみ、導きを求めるということも考えられると思う。

神を感じた何かに、直接頼んでも構わない。
それは力あるものの反映なのであるから、どんな願いでも叶える力がある。
だが、大切なことは、神聖なるものを感じる感覚を持っていることで、子供の時は誰もが持っていても、大人になるにつれて、世間知と引き換えにそれを失くす者が多い。
純粋な感性・・・きれいな瞳を、いつまでも大切にしなければならない。
そして、導きに対して決心し、即座に行動し、責任を取る覚悟があれば、不可能はないだろう。
だが、強引に成果を得ようとしてはならない。
決心し、行動し、責任を取る気でいれば、果実は落ちてくるだろう。









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