5年以上、毎日欠かさず続けている、訓練とか修行といったものがあるだろうか?
まあ、サラリーマンなら、会社に行くことも、修行というか苦行である人も多く、実際、立派な修行ではあると思うが、これは目的が金であるのだから、魂を磨く効果は、やや低いかもしれない。
もっと、自主的で・・・つまり、自分の意志でやっていることだ。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、それがDTM(デスク・トップ・ミュージック。コンピューターを使った音楽)だったから、初音ミクさんを生み出したのだが、本当に、毎日やっている何かで人生で決まると言うか、それが、人生そのものかもしれない。

私は、5年以上、朝晩、身体を鍛えていて、特に、ヒンズースクワットは欠かしていないし、最近では、護身術のような武術を編み出した。危な過ぎて、組み手なんてとんでもないというものだ。
おかげで、身体は妖精(妖怪?)じみてきたが、これでは初音ミクさんは生み出せないし、そもそも、何の役に立つ訳でもないかもしれない。
まあ、新渡戸稲造は、毎朝、水ごりをやったらしいが、それはそれで、魂を磨くだろうから、私のスクワットも、そんな効果があればと思う。
私の鍛錬は、狭い部屋の中で、道具なしで出来ることが必要だったので、その点、監獄の囚人の間で受け継がれてきたプリズナートレーニングの精神と同じだが、アメリカ的に、筋肉の力を最重要視するのとは、私のは、やや思想が違う。
だが、仰向けに寝てバーベルを上げるように、腕以外を固定して腕を鍛えるようなトレーニングはせず、腕立て伏せのように、全身を使う運動をするといった基本的なところは同じだ。
スクワットも、西洋式に、手を頭の後ろで組み、かかとを常につけ、「脚以外は絶対に運動させないぞ」というものではなく、ヒンズースクワットは、とにかく、身体全体を使い、動く部分と動かない部分の断絶を起こさせない。
以前は、ヒンズースクワット200回が苦しかったが、呼吸を少なくし、しかも、鼻だけで呼吸しながらやることで、300回でも、さして苦しくなくなった。

般若心経を毎日唱え、累計で10万回は唱えたという人がいるが、そんな人は、もう只者でない雰囲気が明らかにあり、実際、超人である。
なぜかというと、そこまで自分の意志を自在に使えるなら、人間を超えているからだ。
法然のように、1日6万回とか7万回、念仏を唱えられる人も同じだろう。
とはいえ、毎日、よほどのことがない限り続ける何かがあれば、それなりに意思を使えるようになっているはずである。
よほどのことと言うのは、1年に、せいぜい5日までと考えて良いと思う。
心を鍛え、意思を使えるようになったら、それを使わなくてはならない。
つまり、行動しなければならないし、もっとはっきり、戦わなくてはならない。
インドの大統領だったかが、自分の娘に「愛とは戦いである」と言ったらしいが、人生そのものが戦いである。
念仏も、腕振り運動も、バガヴァッド・ギーターを読むことも、心を鍛え、魂を磨く優れた方法であるが、大切なことは、それで得た力を使って戦うことである。
「戦うって言葉は嫌です」なんて、甘っちょろいことを言ってはならない。世の中は甘くなく、戦って勝たなければ、負け犬になるしかないからだ。









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