子供の時の夢に価値があるだろうか?
私の場合は、プロレスラーだったが、男の子がスポーツ選手になりたいと思うのは普通だし、女の子なら、テレビでAKB48などの華やかなアイドルを見たら「自分も」と思うものだろう。
だが、アスリートは才能が99%だし、なんだかんだ言って、生まれつき飛び抜けて可愛くなければアイドルになれない。
いや、どんな仕事だってそうなのだ。
コンドリーザ・ライス(アメリカの元国務長官)が、大学生の時にピアニストを目指していたが、自分が1年かかることを1時間でやってしまえる11歳の天才少年に会ってしまってピアニストを諦め、SF作家の平井和正さんは漫画家を目指していたが、石森章太郎(石ノ森章太郎)さんを見て、「こんな天才に敵うはずがない」と思い知って漫画家はやめた・・・というのは、極端な例にしろ、やはり才能の力は大きい。
タイガーマスクを見て「僕もプロレスラーに」と思った男の子は多かっただろうが、それで本当にプロレスラーになれた桜庭和志さんの裏には、プロレスラーになりたかったという夢すら忘れたし、忘れるべきだった数千、数万の男の子がいるわけである。

だが、スポーツ選手になりたいとか、アイドルになりたいという夢は、実は妥協案だった可能性もあるのだ。
そんなものになりたいと言っていれば、大人に受け入れられたので、そう言っていただけで、もっと強い夢があったが、それは大人に話しても理解されないばかりか、怒られたり、馬鹿にされたり、嫌な目で見られたりしたら、その夢を自分で否定してしまう可能性が高い。
つまり、「子供っぽい夢」の向こうに、ひょっとしたら、本当の夢があったかもしれない。
それは、「優しいお母さん」とか、「バスの運転手」なのかもしれないが、そんな「ぱっとしない夢」も、大人のうけが悪いかもしれない。

アメリカの作家マイク・ハーナッキーは、証券マンになり、教師になり、弁護士になったりし、どれも必死で努力したが、病気になったのをきっかけに、自分の本当の夢は作家になることに気付いたが、それは自分には無理だと思い込んで封印していたのだった。
しかし、決死の覚悟で、辞表を上司に提出して、断固作家になると決めたら、作家になれてしまった。
これはどういうことだろう?
ハーナッキーは、自分が発見した成功法則のためだと言い、それを本に書いて好評も得たが、やはり、単に才能があったのかもしれない。
それは分からない。
だけど、トロントのアライグマが、人間がどれほど防御してもゴミ箱の中身を持ち去るように、欲しいものを遮二無二(しゃにむに)求める力は凄いものである。
好きな女の子(あるいは男の子)に、全然相手にされないのに、挫けずに猛烈なアタックを繰り返すうちに、ついにはうまくいき、結婚してしまうという話は案外に多いのである。
つまり、「出来る出来ぬではない。断固としてやる」で勝利する場合は少なくない。
『灼眼のシャナ』で、シャナが言った、「出来る出来ないじゃないの!やるの!」と言う言葉は、はっと目を覚ましてくれる。
「断固としてやる」
そう思っている者は、やはり違う。
『灼眼のシャナIII』のオープニング曲『Light My Fire』は、「断固としてやる」強い想いを感じさせてくれるが、この曲、ryoさん(supercell)が作ったのだね。
6年ほど前、このアニメを見ていた時は、実はまだ、ryoさんや、他のボカロ曲の制作者の名を知らなかったのだが、ミクさんとのつながりを感じ、楽しく思う。







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