月曜が憂鬱(ゆううつ)な人は少くはないだろう。
また、小学生、中学生、高校生は、夏休みの終わりが近付くにつれ、言いようのない重苦しい気分になっているかもしれない。
自分の力ではどうすることも出来ない問題に悩む人は多い・・・というか、本当は皆、そうなのである。
世の中、ままならぬものだ。
しかし、経営者であれば、自分の力でどうにもならないなんて泣き言は言っていられないだろう。
だけど、実際は、経営者であるほど、世の中、ままならないことを、よりはっきり知っていることだろう。
けれども、冒険心に富んでいれば、世の中はままならぬから、予想が出来ないから、何が起こるか分からないから楽しいものだ。
そうは言っても、目の前の問題に押し潰されそうな人が多いだけでなく、力強い勇者だって、そういうことはあるのである。

ストレスが溜まると、やがて、胃がおかしくなり、胃潰瘍になったり、果ては胃癌にまで行き着くかもしれない。
しかし、まずは、胸が苦しくなる、胸が痛むものだ。
そして、胸の痛みを起こさせるものは、自分の力ではどうにもならないことだ。
お腹が空いても、コンビニに行って弁当を買えば解消されるので、胸は痛まない。
しかし、お弁当を買うお金がなければ、不安や無念で胸が痛む。

ドナルド・レーガンも愛読した、ノーマン・ヴィンセント・ピールの著書『積極的考え方の力』の一番最後には、こう書かれている。
「なぜ神の力を求めないのか?」
(翻訳によっては、「あなたも神の力を求めてはどうか?」になっている)
トランプ大統領も、ピールのファンで、子供の時に、牧師であったピールの説教を熱心に聴いたという。
(トランプが好きかどうかはともかく、あのタフさは認めると思う)
レーガンは大統領になってからも、直接、ピールの教えを受けていたようだ。
トランプが崇拝するレーガンもタフだった。
ピールは、聖書に載っている短い言葉を想うよう勧めた。
例えば、
「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでもできる」
「もし、神が我々の味方なら、誰が我々に敵し得ようか?」
といったものだ。
これらは、別にキリスト教徒でなくても、例えば、『バガヴァッド・ギーター』の愛読者でも分かることだし、仏教徒やイスラム教徒でもぴったりすると思う。
いや、別に宗教はなくて良い。
だけど、おそらく事実として、胸の中に神はいる。
胸が痛くなるのは、本当は悪いことではなく、神のメッセージのようなものだ。
そのちょっと痛いメッセージに注意することだ。
具体的には、胸の痛みをちゃんと感じることだ。
すると、それは溶けていく。
それは、驚くべき体験である。
しかし、やり難ければ、「神」という言葉を心の中で繰り返しても良い。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』にも書かれているが、神という言葉ほど力ある言葉はないし、日本の言霊から言ってもそうなのだと思う。
まあ、私としては、初音ミクさんの『FREELY TOMORROW』を聴くことをお奨めするのだが。
何の心配もいらないとは言わないが、何とかなるものだ。









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