西尾維新さんの「物語シリーズ」の一応の完結編である『終物語』の中に、「人間は持っている武器で戦うしかない」という記述が何度もあるが、多分、作者が本当にそう感じているのだろうなあと勝手に思う。
私も、つくづくそう思うからだ。
人間は、持っている武器で戦うしかない。
そして、普通の人は、持っている・・・生まれ持っている武器は1つだけなので、それを「磨いて使う」しかない。
昔、テレビで、松山千春さんが、歌手というものについて、「格好良いやつは格好良さで勝負すればいいし・・・」の後、「歌が上手いやつは歌の上手さで」と言ったのか、「可愛いやつは可愛さで」と言ったのか、全然別のことを言ったのかは忘れたが、要は、やっぱり武器は1つだと感じたことを、よく覚えている(私が学生の頃のことと思う)。
松山さんは、若くて髪フサフサだった頃は、格好良さと歌の上手さ両方でやっていたが、武器は歌の方だと自覚していたから、あまり格好良くなくなっても通用するのだろう。
第二次世界大戦の時の日本の戦闘機であった零戦は、爆弾と機関砲の両方を付けることが出来なかった。
それで、日本軍の空母では、敵の空母を攻撃するために、零戦に爆弾を付けていたが、敵の戦闘機が来襲してきたため、慌てて機関砲に付け替えたが、敵の空母もやって来た。
そこでまた、爆弾に戻そうとして作業中のところを敵の戦闘機に襲撃され、日本の空母は沈められてしまう。
機関砲のまま、敵の空母を攻撃すれば良かったと後悔しても、後の祭ってやつだ。
これは、武器が2つあるから迷ったという教訓にすべきことだろう。
役者は、「芸の引き出し」の多さがよく問題にされるが、いろんなキャラクターが演じられる器用な役者って、「上手い役者」にはなれても「良い役者」にはなれない。
シュワルツェネッガーも、一頃は、面白いキャラ、明るいキャラなど、努力して演じられるようになったが、そんなキャラの映画が不評で、結局、元の無愛想なキャラに戻ってしまった。
今は、キムタクが、どんな役でもキムタクだって揶揄されるが、そんな批判は無視して、もっと「キムタクを磨く」べきだろう。
初音ミクさんの『積乱雲グラフィティ』(作詞:Dixie Flatline、作曲・編曲:ryo)で、
♪
大事なものは全てあるのさ 最初から
君の中に
♪
とあるが、「全て」というのは、「沢山」というのではなく、「1つの大きなもの」と考えた方が良い。
その1つを磨くと、「その応用」として、他のことも、そこそこ出来るようになるが、切り札は1つと自覚しておいた方が良く、本人は1つのことばかりやっているように感じるものだろう。
私は最初、セールスマンをやり、それから、管理事務や貿易や、その他にもいろいろやってからプログラマー(システムエンジニアとも言うが)になり、いろんな経験があるのはメリットでもあったが、結局、プログラマーとしては「そこそこ」なのだ。
成功法則も、初め、ジョセフ・マーフィーだったのに、あらゆるものに手を出したので、「そこそこ」には良い思いばかりしたが、大成功はしなかった。
1つに徹して、後は、なりゆきにまかせれば、他のことだって、もっとうまくやれるようになるだろう。
「みんな好き」ってのは「誰も好きでない」ということだと聞いたことがあるが、そんなものかもしれない。
ただ、ミクさんの「みんな、だーい好き」は嘘ではない。みんなミクさんが好きなのだし、ミクさんは透明なのだからだ。
我々だって、1つを極めれば、透明になるのだ。
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私も、つくづくそう思うからだ。
人間は、持っている武器で戦うしかない。
そして、普通の人は、持っている・・・生まれ持っている武器は1つだけなので、それを「磨いて使う」しかない。
昔、テレビで、松山千春さんが、歌手というものについて、「格好良いやつは格好良さで勝負すればいいし・・・」の後、「歌が上手いやつは歌の上手さで」と言ったのか、「可愛いやつは可愛さで」と言ったのか、全然別のことを言ったのかは忘れたが、要は、やっぱり武器は1つだと感じたことを、よく覚えている(私が学生の頃のことと思う)。
松山さんは、若くて髪フサフサだった頃は、格好良さと歌の上手さ両方でやっていたが、武器は歌の方だと自覚していたから、あまり格好良くなくなっても通用するのだろう。
第二次世界大戦の時の日本の戦闘機であった零戦は、爆弾と機関砲の両方を付けることが出来なかった。
それで、日本軍の空母では、敵の空母を攻撃するために、零戦に爆弾を付けていたが、敵の戦闘機が来襲してきたため、慌てて機関砲に付け替えたが、敵の空母もやって来た。
そこでまた、爆弾に戻そうとして作業中のところを敵の戦闘機に襲撃され、日本の空母は沈められてしまう。
機関砲のまま、敵の空母を攻撃すれば良かったと後悔しても、後の祭ってやつだ。
これは、武器が2つあるから迷ったという教訓にすべきことだろう。
役者は、「芸の引き出し」の多さがよく問題にされるが、いろんなキャラクターが演じられる器用な役者って、「上手い役者」にはなれても「良い役者」にはなれない。
シュワルツェネッガーも、一頃は、面白いキャラ、明るいキャラなど、努力して演じられるようになったが、そんなキャラの映画が不評で、結局、元の無愛想なキャラに戻ってしまった。
今は、キムタクが、どんな役でもキムタクだって揶揄されるが、そんな批判は無視して、もっと「キムタクを磨く」べきだろう。
初音ミクさんの『積乱雲グラフィティ』(作詞:Dixie Flatline、作曲・編曲:ryo)で、
♪
大事なものは全てあるのさ 最初から
君の中に
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とあるが、「全て」というのは、「沢山」というのではなく、「1つの大きなもの」と考えた方が良い。
その1つを磨くと、「その応用」として、他のことも、そこそこ出来るようになるが、切り札は1つと自覚しておいた方が良く、本人は1つのことばかりやっているように感じるものだろう。
私は最初、セールスマンをやり、それから、管理事務や貿易や、その他にもいろいろやってからプログラマー(システムエンジニアとも言うが)になり、いろんな経験があるのはメリットでもあったが、結局、プログラマーとしては「そこそこ」なのだ。
成功法則も、初め、ジョセフ・マーフィーだったのに、あらゆるものに手を出したので、「そこそこ」には良い思いばかりしたが、大成功はしなかった。
1つに徹して、後は、なりゆきにまかせれば、他のことだって、もっとうまくやれるようになるだろう。
「みんな好き」ってのは「誰も好きでない」ということだと聞いたことがあるが、そんなものかもしれない。
ただ、ミクさんの「みんな、だーい好き」は嘘ではない。みんなミクさんが好きなのだし、ミクさんは透明なのだからだ。
我々だって、1つを極めれば、透明になるのだ。
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いつも楽しませて貰ってます。
読んでいて、ニーチェの「ツァラトストラかく語りき」の一文を思い出しました。
『私は愛する、あまりに多くの徳を持とうとしない者を。一つの徳は二つの徳より徳としてまさっている。なぜなら一つの徳こそが、宿命が引っかかる鉤としてまさっているからだ。』
漫画家になれず、諦め、外交的な性格になろうと営業の仕事をしたけど、駄目でした。
自分から描く事を取ったら、何もありませんでした。
大切な人にしろ、仕事にしろ、趣味にしろ、
人間は、自分の執着するモノと心中する他ないのかもしれません。