私は、高校1年生の時、吉行淳之介の『美少女』を読み、冒頭部分のお話を、非常に印象的に感じたことをよく覚えている。
(あの吉行淳之介が書いた、かなりエロい小説なので、純文学的に高尚なエロさ(?)を楽しみたければ読むように)
ある男性が女性に、通りを歩いている少女を見るよう促す。
美しい少女だった。
すると、男性は、「あの娘は透明人間なんだ」と言う。
女性は、何を馬鹿なと思う。
しかし、男性は、「その証拠に、あんなに綺麗な子なのに、誰も振り返らないじゃないか?」と言う。
なるほど、確かにその通りだ。

何分、昔読んだ本なので、男性が種明かしをしたかどうか忘れたが、私は、自力でその種明かしをした。
つまり、こうだ。
ある大学で、こんな実験が行われた。
1人の学生に、物凄く派手なシャツを着て教室に入ってもらう。
その学生には勇気がいることだ。
そして、後で、その学生に、「どのくらいの数の学生が君に注目したか?」と聴くと、その学生は「おそらく9割以上」と答える。
だが、実際に調査したら、その学生のシャツに気付いた学生ですら4割程度で、それに、気付いたところで、大して気にしなかったのだ。
もう少し派手さを抑えたシャツで実験したら、1割以下の学生しか気付かなかった。

お分かりだろうか?
人間は誰も、他人のことなど、ほとんど気にしないものなのだ。
そのことを知識としては知っていても、なかなか完全には納得しないもので、ほとんどの人が、自分は実際以上に注目されていると思うものなのだ。
竹村健一氏が、昔の著書で、「君がチンドン屋(半世紀以上前には時々いた、奇抜な格好をした大道芸人)みたいな格好をして町を歩いたところで、ほとんど誰も気にせんよ」と述べ、だから、人目など気にせず、好きなことをやりなさいと教えていたが、私は、それが出来なかった訳だ。

最初に述べた美少女の話も、かなりの美少女だといったところで、ほとんど誰も関心を持たないものなのである。よほど好き者の男でもない限りね。
ある、身長183cmで股下90cmという男がいたが、彼はある時、大きな鏡に映った自分を見て、「なんて格好良いんだ」と思った。
それで、自信満々になり、どこでもポーズを決めるが、ほとんど誰にも注目されないことに気付いた(彼は、顔もなかなかだ)。
たとえ、GACKTやキムタクレベルの美青年が歩いていても、有名人でない限り、誰も気にしないだろう。

私は、まるで駄目男君(私の職場にいる30歳過ぎの人生の落伍者)に、以前よく言ってやったことがある。
「お前は16歳の可愛い女の子じゃないんだ」
16歳の飛び切り可愛い女の子なら、それなりには人目を引く可能性はある。
ところが、まるで駄目男君は、自分がそんな存在に匹敵するほど、皆の注目を集めていると本気で思っている。
それで、「服が汚れていて気になって仕方がない」だの、「首に出来物が出来たので、人前に出たくない」とか、しょっちゅう言っていた。
「そんなもん、誰が気にするかい!」
と言ってやると、一応は納得した様子を見せるが、まるで駄目男君は、馬鹿みたいにしゅんとする。
やはり、自分は皆に見られているはずだと思っているのだ。

まるで駄目男君が、まるで駄目な大きな原因がこれなのだ。
あなたは、これほどではないだろうが、やはり、同じ勘違いをしている。
恥ずかしい真似をしないのは、人目があるからではない。自分の良心に恥じぬためだ。
それを踏まえた上で、人目など気にしないことだ。
それで、あなたはパワーを得るのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   
人気ランキング参加中です 人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ