内村航平さんも器具を使った筋トレをしないそうだが、超一流アスリートには同様な人も多いと思われる。
イチロー、白鵬、ヒクソン・グレイシー(柔術家)らが思い浮かぶが、きっと、他にも沢山いるし、今は増えているのだと思う。
内村さんが、「鉄棒で必要な筋肉は鉄棒でしか鍛えられない」と言ったのは、アスリートの至言であると共に、あらゆることの極意であると思う。
IQテストでIQが高い人は、生まれながらに頭が良いか、特別な方法で頭脳を鍛えたか、あるいは、その両方だろうが、それだけでは、単に筋力が強いだけのスポーツ選手と同じで、何の役にも立たない。
ボディビルやウエイトリフティングのチャンピオンですら、柔道やレスリングの試合に出たら、ほとんど駆け出しにも負けてしまうように、実践が大切なのは、IQも同じだ。
発明家なら、実際に作って性能を試さないといけないし、プログラマーなら、プログラムを書きデバッグし実用化しなければならない。
これは、学問や芸術の世界ですら、そうであることは、例えば、中島敦の『山月記』で、天才的な詩の才能を持ちながら、自分の才能がそれほどでないことを恐れて、他者と練磨し合わなかった男の話があったが、それだと、やはり、大したものにはなれない。
知恵といった、根本的なことも同じ・・・いや、これこそが、最も実践が必要なもので、使って磨かない限り、知恵は切れ味を持たない。
そして、知恵を磨くための唯一最上の方法が、他者に善意を持ち、それを行う・・・普通には、親切にするということだ。
ところが、世の中には、「阿呆な親切者」の話が多い。
『フルーツバスケット』という長編の人気漫画があるが、私がこれを読むのをやめることになった、こんな話があった。
紅葉(もみじ)という名の、小学生の美少女にしか見えない男子高校生が語った、お伽噺のようなものである。
とても心優しい者がいて、自分の持ち物を全部人に与え、与えるものがなくなると、自分の手や足や目といったものまで与えていき、最後に、頭だけになって雪の中で、満足そうに微笑みながら死んでいく。
それを聴いたヒロインの透(とおる。女子高生)らは、このお話に感激し、作品自体も、この親切な者を気高い魂の持ち主のように扱っていたと思うが、ただの阿呆であると私は思う。
確かに、人は善意を持ち、他者に親切にしなければならない。
そして、それは、見返りや他者の好意を得るためではない。
そこまでは、上の紅葉の話は正しいだろう。
しかし、そんな親切をするのは、自己満足のためではなく、それが知恵を得るための、ほとんど唯一の方法であるからだ。
知恵を高めることは、人間にとって必要なことで、神から命じられた義務と言っても良い。
だが、そのためには、他者に親切にしつつ、自分もちゃんとやっていかないといけないのだ。
自分の身も守れない自己犠牲に何の値打ちもない。
それは、ただの迷惑と言っても良いだろう。
無論、不可避的な状況では、自分を犠牲にして他者を救うことが、英雄的行為と見なされるべき場合もある。
だが、そんな場合でも、普段から練磨してる者は、瞬間に最高の知恵を出して、見事に切り抜けることもあり、そうであるにこしたことはない。
我々は聖人ではなく、また、賢者でもない。
そんな我々は、「譲れるところまでは譲る」という実践を重ねることで、知恵を磨き、IQを高めることが出来る。
だが、普通の人々は、自分が少しでも損をすることは一切したがらず、そのために、限りなくIQを低下させてしまっているのである。
上の『フルーツバスケット』と似たお話に、グリム童話の『星の銀貨』がある。
身寄りもない、貧しい女の子が、出会う人ごとに、パンや着ているものを次々と与え、最後には素っ裸になってしまう。
私は、女の子がそこまでやった心意気に免じて、この女の子を高く評価していたが、やはり、ただの阿呆だと気付いた。
彼女は、しっかり考え、行動し、他者と共に、自分も守らなければならなかったのだ。
世の中、甘くない。
実際に、こんな女の子のようなことをすれば、生きていられない。
自分の命は自分で守らなければならないのである。
『バガヴァッド・ギーター』や『老子』や聖書を読んでいるだけの者は、筋トレだけをやっているスポーツ選手と同じだ。
一応は、基礎的なIQを得るかもしれないが、それには、何の力もない。
他者に親切にしつつ、自分もちゃんとやっていく(例えば金を稼ぐ)ことで、実践的なIQを高めなければならない。
私は、職場にいる、30歳過ぎの人生の落伍者である派遣社員のまるで駄目男君には、かなり長く、親切にしてやったと思う。
それにより、私も新しい知恵を得たと思う。
しかし、私に出来るのはここまでだ。
彼は、まだ甘えたがっていたが、私は、きっぱりと見捨てた。
彼の次のチャンスは、神様が作って下さるだろうが、それはかなりきついものになるかもしれない。
我々も、苦しい試練に遭わないために、善意を持たなければならない。
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イチロー、白鵬、ヒクソン・グレイシー(柔術家)らが思い浮かぶが、きっと、他にも沢山いるし、今は増えているのだと思う。
内村さんが、「鉄棒で必要な筋肉は鉄棒でしか鍛えられない」と言ったのは、アスリートの至言であると共に、あらゆることの極意であると思う。
IQテストでIQが高い人は、生まれながらに頭が良いか、特別な方法で頭脳を鍛えたか、あるいは、その両方だろうが、それだけでは、単に筋力が強いだけのスポーツ選手と同じで、何の役にも立たない。
ボディビルやウエイトリフティングのチャンピオンですら、柔道やレスリングの試合に出たら、ほとんど駆け出しにも負けてしまうように、実践が大切なのは、IQも同じだ。
発明家なら、実際に作って性能を試さないといけないし、プログラマーなら、プログラムを書きデバッグし実用化しなければならない。
これは、学問や芸術の世界ですら、そうであることは、例えば、中島敦の『山月記』で、天才的な詩の才能を持ちながら、自分の才能がそれほどでないことを恐れて、他者と練磨し合わなかった男の話があったが、それだと、やはり、大したものにはなれない。
知恵といった、根本的なことも同じ・・・いや、これこそが、最も実践が必要なもので、使って磨かない限り、知恵は切れ味を持たない。
そして、知恵を磨くための唯一最上の方法が、他者に善意を持ち、それを行う・・・普通には、親切にするということだ。
ところが、世の中には、「阿呆な親切者」の話が多い。
『フルーツバスケット』という長編の人気漫画があるが、私がこれを読むのをやめることになった、こんな話があった。
紅葉(もみじ)という名の、小学生の美少女にしか見えない男子高校生が語った、お伽噺のようなものである。
とても心優しい者がいて、自分の持ち物を全部人に与え、与えるものがなくなると、自分の手や足や目といったものまで与えていき、最後に、頭だけになって雪の中で、満足そうに微笑みながら死んでいく。
それを聴いたヒロインの透(とおる。女子高生)らは、このお話に感激し、作品自体も、この親切な者を気高い魂の持ち主のように扱っていたと思うが、ただの阿呆であると私は思う。
確かに、人は善意を持ち、他者に親切にしなければならない。
そして、それは、見返りや他者の好意を得るためではない。
そこまでは、上の紅葉の話は正しいだろう。
しかし、そんな親切をするのは、自己満足のためではなく、それが知恵を得るための、ほとんど唯一の方法であるからだ。
知恵を高めることは、人間にとって必要なことで、神から命じられた義務と言っても良い。
だが、そのためには、他者に親切にしつつ、自分もちゃんとやっていかないといけないのだ。
自分の身も守れない自己犠牲に何の値打ちもない。
それは、ただの迷惑と言っても良いだろう。
無論、不可避的な状況では、自分を犠牲にして他者を救うことが、英雄的行為と見なされるべき場合もある。
だが、そんな場合でも、普段から練磨してる者は、瞬間に最高の知恵を出して、見事に切り抜けることもあり、そうであるにこしたことはない。
我々は聖人ではなく、また、賢者でもない。
そんな我々は、「譲れるところまでは譲る」という実践を重ねることで、知恵を磨き、IQを高めることが出来る。
だが、普通の人々は、自分が少しでも損をすることは一切したがらず、そのために、限りなくIQを低下させてしまっているのである。
上の『フルーツバスケット』と似たお話に、グリム童話の『星の銀貨』がある。
身寄りもない、貧しい女の子が、出会う人ごとに、パンや着ているものを次々と与え、最後には素っ裸になってしまう。
私は、女の子がそこまでやった心意気に免じて、この女の子を高く評価していたが、やはり、ただの阿呆だと気付いた。
彼女は、しっかり考え、行動し、他者と共に、自分も守らなければならなかったのだ。
世の中、甘くない。
実際に、こんな女の子のようなことをすれば、生きていられない。
自分の命は自分で守らなければならないのである。
『バガヴァッド・ギーター』や『老子』や聖書を読んでいるだけの者は、筋トレだけをやっているスポーツ選手と同じだ。
一応は、基礎的なIQを得るかもしれないが、それには、何の力もない。
他者に親切にしつつ、自分もちゃんとやっていく(例えば金を稼ぐ)ことで、実践的なIQを高めなければならない。
私は、職場にいる、30歳過ぎの人生の落伍者である派遣社員のまるで駄目男君には、かなり長く、親切にしてやったと思う。
それにより、私も新しい知恵を得たと思う。
しかし、私に出来るのはここまでだ。
彼は、まだ甘えたがっていたが、私は、きっぱりと見捨てた。
彼の次のチャンスは、神様が作って下さるだろうが、それはかなりきついものになるかもしれない。
我々も、苦しい試練に遭わないために、善意を持たなければならない。
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