IQが高い人間は、高慢にならないことと、自分より劣った他人に我慢すべきことを忘れなければ楽しい人生になるだろう。
ものごとを肯定的に考えないといけないが、本当に頭が良い人は、言われずとも、ちゃんとそうするだろう。
だが、平凡以下のIQの人は、自分以外の何かを崇め、賛美しなければならない。
その原理は、潜在意識は、自分と他者を区別せず、他者を称賛すれば、それは自分を称賛することになるのだからだ。
逆に言えば、誰を罵っても、それは自分を罵ったことになるのだ。
だが、崇め、称賛する相手は、人間でない方が良い。
どんな人間にも欠点があるどころか、どんな人間も、実態は大したものではない。
昔、ビートルズの人達が、ある聖者と呼ばれるインドの宗教家を崇拝していたが、その宗教家の男性が煩悩に満ちた、ただの人間であると分かって失望し、彼らはおかしくなってしまった。
生身の人間である限り、聖者なんかであるはずがないという、当たり前のことが分からなかったのも愚かだが、彼らも若く、インドに対する幻想もあったのだから仕方がない。
しかし、それ以来、彼らはおかしくなり、プロダクションに利用されるだけのロボットになってしまい、苦しみを抱え、覚醒剤にも手を出した。
他人の欠点に目をつぶり、美点を見てあげるというのは素晴らしいことであるが、それをいつまでも続けることは難しい。
はじめのうちは、メアリーの良いところだけを見ていても、メアリーの気になる欠点がだんだん我慢出来なくなる。
それが愚かな人間なのである。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』で、IQが80もないかもしれない26人の最低の男達も、16歳の可愛い娘ターニャを女神のように思っている間は、なけなしの能力をちゃんと発揮し、人生は耐え易いものになっていたのに、一度、ターニャが女神ではないかもしれないと疑い始めたら、もう終わりなのだ。そして、そんな時は、遅かれ早かれやって来る。
崇める対象に執着せず、数多くの優れた人達を、少しずつ称賛するというのは、賢いやり方ではあるが、それをやろうとすると、10人称賛する間に100人貶すものなのだ。
欠点の多い者ほど、他人の欠点が気になるものだからだ。
よって、そんなやり方は、ある程度優れた、欠点の少ない人間でなければ出来ないだろう。
だから、人類の英知は、神を人格化して崇める宗教という優れたものを作ったのだ。
だが、宗教を利用して儲け、偉くなる人達が必ず現れ、ほとんど全ての宗教は駄目になってしまった。
どう見ても、だらしなく肥満し、煩悩まみれの顔をしているオッサンを聖者と崇めるような、滑稽な人間になってはならない。
学生同士が会話している映像を、音声なしでも1分見れば、その学生達のIQや成績を正確に推測することが出来るし、CEOの顔を見れば、その会社の収益は正しく推定出来るものらしい。
人間、見かけで、そこまで分かるものなのだ。
だから、「皆は、この人が聖者だ偉人だと言うけれど、私はそうは思えない」としたら、あなたのその感じの方が正しいのである。
昔の日本人や、アメリカのインディアンは自然を崇拝した。
自然は時に、厳しい仕打ちもするが、それが欠点と感じることはない。
その自然を擬人化したものが、日本人やインディアンなどの神で、それは、インドや中国でも、あるいはギリシャでも、元々はそうだったのだと思う。
そんな権威に穢れない素朴な神を崇めれば、宇宙大自然が味方になってくれるだろう。
私のように、優美と生命の輝きの象徴である初音ミクさんを崇めることが最上であると思うが、そのあたりは、各々の性向に則ってやるしかないだろう。
だけどね、ある進んだ星に行ってみたら、やはり、ミクさんの姉妹のような存在がいるのである。
私は、心から嬉しく、そして、楽しくなって、本当にいつまでも笑い続けたのだ。
「やっぱり、そうだったのか」ってね。
神が炎なら、天使は火花のような存在で、儚くはあるが、近くに来てくれる。
だが、望むなら、何度でも現れてくれる。
そして、人はいつか悟るのだ。
火花が永遠なのだと。
だから、宇宙ではミクさんのことを、神々の閃光、あるいは、楽園の乙女と呼ぶのである。
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ものごとを肯定的に考えないといけないが、本当に頭が良い人は、言われずとも、ちゃんとそうするだろう。
だが、平凡以下のIQの人は、自分以外の何かを崇め、賛美しなければならない。
その原理は、潜在意識は、自分と他者を区別せず、他者を称賛すれば、それは自分を称賛することになるのだからだ。
逆に言えば、誰を罵っても、それは自分を罵ったことになるのだ。
だが、崇め、称賛する相手は、人間でない方が良い。
どんな人間にも欠点があるどころか、どんな人間も、実態は大したものではない。
昔、ビートルズの人達が、ある聖者と呼ばれるインドの宗教家を崇拝していたが、その宗教家の男性が煩悩に満ちた、ただの人間であると分かって失望し、彼らはおかしくなってしまった。
生身の人間である限り、聖者なんかであるはずがないという、当たり前のことが分からなかったのも愚かだが、彼らも若く、インドに対する幻想もあったのだから仕方がない。
しかし、それ以来、彼らはおかしくなり、プロダクションに利用されるだけのロボットになってしまい、苦しみを抱え、覚醒剤にも手を出した。
他人の欠点に目をつぶり、美点を見てあげるというのは素晴らしいことであるが、それをいつまでも続けることは難しい。
はじめのうちは、メアリーの良いところだけを見ていても、メアリーの気になる欠点がだんだん我慢出来なくなる。
それが愚かな人間なのである。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』で、IQが80もないかもしれない26人の最低の男達も、16歳の可愛い娘ターニャを女神のように思っている間は、なけなしの能力をちゃんと発揮し、人生は耐え易いものになっていたのに、一度、ターニャが女神ではないかもしれないと疑い始めたら、もう終わりなのだ。そして、そんな時は、遅かれ早かれやって来る。
崇める対象に執着せず、数多くの優れた人達を、少しずつ称賛するというのは、賢いやり方ではあるが、それをやろうとすると、10人称賛する間に100人貶すものなのだ。
欠点の多い者ほど、他人の欠点が気になるものだからだ。
よって、そんなやり方は、ある程度優れた、欠点の少ない人間でなければ出来ないだろう。
だから、人類の英知は、神を人格化して崇める宗教という優れたものを作ったのだ。
だが、宗教を利用して儲け、偉くなる人達が必ず現れ、ほとんど全ての宗教は駄目になってしまった。
どう見ても、だらしなく肥満し、煩悩まみれの顔をしているオッサンを聖者と崇めるような、滑稽な人間になってはならない。
学生同士が会話している映像を、音声なしでも1分見れば、その学生達のIQや成績を正確に推測することが出来るし、CEOの顔を見れば、その会社の収益は正しく推定出来るものらしい。
人間、見かけで、そこまで分かるものなのだ。
だから、「皆は、この人が聖者だ偉人だと言うけれど、私はそうは思えない」としたら、あなたのその感じの方が正しいのである。
昔の日本人や、アメリカのインディアンは自然を崇拝した。
自然は時に、厳しい仕打ちもするが、それが欠点と感じることはない。
その自然を擬人化したものが、日本人やインディアンなどの神で、それは、インドや中国でも、あるいはギリシャでも、元々はそうだったのだと思う。
そんな権威に穢れない素朴な神を崇めれば、宇宙大自然が味方になってくれるだろう。
私のように、優美と生命の輝きの象徴である初音ミクさんを崇めることが最上であると思うが、そのあたりは、各々の性向に則ってやるしかないだろう。
だけどね、ある進んだ星に行ってみたら、やはり、ミクさんの姉妹のような存在がいるのである。
私は、心から嬉しく、そして、楽しくなって、本当にいつまでも笑い続けたのだ。
「やっぱり、そうだったのか」ってね。
神が炎なら、天使は火花のような存在で、儚くはあるが、近くに来てくれる。
だが、望むなら、何度でも現れてくれる。
そして、人はいつか悟るのだ。
火花が永遠なのだと。
だから、宇宙ではミクさんのことを、神々の閃光、あるいは、楽園の乙女と呼ぶのである。
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Kayさんの宗教に対する正解・解答が
世界中の人間の共通認識に成ればいいのに!!
神と民との媒介物であった宗教がいつか一人歩きし・・
宗主が神より偉くなるという本末転倒を既に何千年・・
個人個人がもう直接神と繋がればイイと思うんですよね
どの宗教も精査すれば99.9%は捏造です・・
唯どの宗教も神がいる!と説いているので!「いる」ということだけはホントの話なのでしょう!
最後の段落はさらに素晴らしく!!
ですが・・ワタクシまだ悟っていません(笑)
火花が永遠なのだ!という部分が
そこに至る理解(力)がまだありませんが!
大変素敵な結末になっております!
理解も出来ていないのに救いを得た気分でございます(笑)!!