今、ここに生きているということは、勝ち組遺伝子を持った優秀な存在だという話がある。
生存に適しない遺伝子は淘汰され、消滅するからだ。
だが、難病の遺伝子や、脳や身体に障害をもたらす遺伝子は、淘汰されないまま沢山残っている。
それはなぜだろう?
もし、生存に適した遺伝子のみ残るのだとしたら、病気はないし、皆がIQ200以上の天才のはずである。

その理由は2つ考えられる。
1つは、人類は、今はまだ、進化の途中だということだ。
人類は、数十万年前には今の姿になったが、頭脳が発達したのは、たかだか3万年ほど前のことで、進化の速さから考えれば、3万年程度では変化し切れないのだろう。
『無量寿経』という仏教の経典には、阿弥陀如来の国の人々は、皆、同じ顔、同じ身体の絶世の美人ばかり(性別があるのかどうか分からない)で、病気は全くないと書かれている。
つまり、阿弥陀如来の国の人々は、遺伝子的に進化を極めた人類であるということだ。
もう1つ考えられる理由は、病気も、馬鹿も、弱い身体も、様々な障害も、必要だから存在しているというものだ。
それは、存在の存続のために必要であり、また、進歩のためにも必要なのかもしれない。

答は多分、こうだろう。
純粋な、あるいは、完全になった遺伝子の働きは、人間を、最高の天才、美男美女、高機能かつ強力な肉体にし、病気にならないのだろう。
何かの必要があるのかどうかはともなく、今の多くの人類が持つ、不純な、あるいは、出来損ないの遺伝子は、やがて淘汰され消える。
それは、自然にまかせれば何十万年もかかるが、人類は、科学の力でそれをやり遂げるかもしれない(その場合は、途中で悲惨な失敗も起こるだろう)。

今この時代にも、天才はいるし、美男美女もいる。
だが、全ての美点を兼ね備えた人間は、ほとんどいない。
逆に、欠点だらけの人間もいる。
どんな人間になるかは、生まれで完全に決まる。
生まれた後の環境で起こる変化は低下のみであり、持って生まれた資質以上には決して向上しない。
また、その後天的な低下を修正することも、極めて難しい。
そして、子供は環境を自分で選べないので、成長の中で、悪い影響を受けて、本来持っている能力が覆い隠されてしまっても、それは運命としか言いようがない。

人間にとって良いことは、本来持っている力を、出来る限り回復することだ。
ただ、世の中にある自己開発手法の99%以上は、役に立たないばかりか、さらに低下を招くと考えた方が良さそうだ。
理想は、遺伝子の働きを変えてしまい、完全な優れた人間になることだ。
そのことを、プラスの遺伝子のスイッチをオンにするとか言う。
そして、別に妙な期待感を煽る訳ではないが、それは可能と思う。
無論、そのやり方が分かればだが。
それが出来れば、例えばだが、いかにも中年の醜いおばさんが、みるみる、理想的な若い美女にだってなってしまう。
稀なことであるが、たまたまそんな変化を遂げた例というのはあると思う。
いくつかの密教や秘密結社、あるいは、ブリル協会みたいなところは、確かに、その欠片程度なのかもしれないが、ノウハウを持っていた。
それを、いくらか手に入れていると言ったりしたら命が危ないから、決してそんなものは持っていないと言っておくが(笑)、ただ、そんなものはやはりあるのである。
分かっていることがあったら、こっそり教えていこう。
もったいぶったり、意地悪をする気はないが、確かに、表現は微妙にならざるを得ないのである。
出来る限りシンプルに表現するが、良いものを得るには、熱心さや粘り強さも必要である。









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