マントラ(真言)や神の名には、強く不思議な力があると言う人がいる。
それが本当かどうかは、こう考えると、少し分かると思う。
少年時代に、強く憧れている少女が、
「じゅ文を教えてあげる。2人の秘密よ」
と言ったら、その呪文の言葉は、限りなく貴いものとなり、四六時中でも唱えたくなるだろう。
そして、重要なことは、その呪文が、特に、「アブラカダブラ」とか「オーム」といった古い由緒ある呪文なら、必ず力があるということだ。
これが、肯定的な感情が引き起こす力である。

単に、聖典に書かれているような権威ある呪文だからといって、その呪文があなたにとって、必ずしも力があるとは限らない。
肯定的な感情を持てない限り、いかなる言葉にも、あまり力はない。
では、肯定的な感情とは何だろう?
それは、欲望や優越感といった感情ではない。
言葉で言うなら、「心が躍動する」「心が温かくなる」「心がトキメク」「心が軽くなる」「心が広がる」という感覚を起こすものが肯定的な感情だろう。
あるいは、「生きていることを強く感じる」とか、もっと単純に、「嬉しい」「幸せだ」といった感情だろう。

幼い時に、肯定的な印象と共に聞いた神話に出てきた、神の名や特別な言葉であれば、それに力があるかもしれない。
しかし、現代では、そのようなことは、極めて少なくなってきているのだと思う。

ところで、個人の心は、奥深くで人類の心と繋がっているし、さらには、太古の人々の心とも繋がっている。
だから、マントラや神の名は、ある程度・・・少なくとも、千年は昔からあるものが良い。
ただ、「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」等は、それほど古くはなくても、民族の心に深く入り込んでいると考えて良い。

インドでは、今はどうか知らないが、『ラーマーヤナ』という神話を誰でも知っていて、皆がこれをとても大切に思っていた。
『ラーマーヤナ』とは「ラーマの物語」という意味で、この物語に登場するラーマとシータは、それぞれ、理想の男性、理想の女性と感じている人が多かった。
今、私が読んですら、そう思うのだから、幼い頃から語り聞かされていれば、ラーマやシータの名に、さぞ肯定的な感情を持っていることだろう。
実際、「ラーマ」という名を何十万回と繰り返し唱え、想うことで、強い生命力を得、あらゆることが出来るようになった人は少なくない。

あなたにも、無限の生命力を引き出してくれる言葉は必ずあり、それが神話の中にある可能性は高い。
だから、古い神話を読むことは大切なのである。
尚、自分に相応しい神の名を見つけることもまた、能力とか運なのである。
ゆるまずにいれば、自分に相応しいマントラや神の名が、向こうからやって来て明かされ、そして、それらをまた、ゆるまず、引き締まるために使えば、もはや不可能はないはずである。









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