我々は、清原和博さんに、よくよく感謝しなくてはならない。
私は、本当に、本当に、彼を有り難く思い、深く、深く、感謝しているのである。
それは決して、素晴らしいプレーで勇気をくれた・・・などという馬鹿げた理由ではない。
未熟な人間に大金を与え、ちやほやすると、どんなことになるのかを、彼が身を持って示してくれたことに対してだ。
彼は、良い意味でも悪い意味でも、子供っぽい人に違いないのだ。
彼は被害者であり、その彼が、全てを犠牲にし、これ以下はないほどの恥を晒して、教えてくれたのだ。
ところが、清原さんに関する話題はテレビやネットで嫌でも見るに関わらず、こういった一番大事なことを、誰も言わないのである。

松井秀喜さんが、評判通りの人格者であるとすれば、彼は清原さんの何十倍も頭を叩かれ、心を鍛えられたはずだが、それは誰かが本気で彼を指導したからだろう。
それをしたのは誰かは分からないが、その誰かは、難しいことを忍耐強く行ったなんとも偉大な人間であるに違いない。

あなたはこれまで、成功を目指して努力し、成功のための教えが説かれた本も沢山読んだかもしれない。
そして、おそらく、思うような成果は得られず、落胆しているのだろう。
だが、それが大きな恵みであることが分かると思う。
もし、間違って成功でもして、人々に称賛され、器量に合わない不相応な金でも手にしていたらと思うと、ぞっとしないだろうか?
そうでないとしたら、あなたは一生、成功しない方が絶対に、絶対に良いのである。

随分前に、私は友人に、「お前の状況を成功と言わずに何と言うんだ」と言われたことがある。
少しも大したことではなかったが、なるほど、普通のサラリーマンでは、なかなか出来ないことをしたことがあった。
しかし、実際に、本当につまらないことであったに関わらず、私はかなり危ない状態になった。
それまで、ずっと、蔑み疎まれてきたことの反動もあったのだが、もし、あのまま大きな成功にまでなっていたら、今頃は、古い言い方だが、お天道様の下を大手を振って歩けるような人間ではなくなっていたに違いない。
だが、神仏の加護があって、再び、蔑み疎まれる人間になったのだ。

カドカワ社長でドワンゴ会長の川上量生さんは、本当なら、あれほど成功したら、今のような立派な人ではいられなかったかもしれない。
彼が払った犠牲は大き過ぎた。
川上さんは、「僕が人生で最も後悔していることは会社を作ったこと」と言われたらしいが、本当にそう思ったに違いない。
それほどの代償の上での成功であるから、道を踏み外さなかったのだと(勝手に)思う。
川上さんの個人的な人間性のことではなく、人間とはそんなものだという意味である。

もし、あなたが成功を目指すとすれば、何度、自分にこう言い聞かせても、多過ぎることはない。
「どれほど成功しても、心を引き染め、絶対に絶対にゆるまない」
「どれほどのお金を得、誰にどれだけちやほやされても、決して決してゆるまない」
こういった自戒が切実に思えるようであれば、あなたは成功するだろうが、空念仏にしかならないなら、成功しないだろうし、成功しない方が絶対に絶対に良いのである。









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