多くの人の望みは、不安なく生きることだと思う。
つまり、確固とした揺るぎの無い安定と安心を求めているのだ。
だが、昔、何かの漫画で、美人の女性の、
「人間って、安定を求めた時に生きることをやめるのですね。あなたを見ていて、それを強く感じました」
という感じのセリフを非常に印象深く覚えているが、読んだのは高校生の時だったろうか・・・
つまり、この女性が言ったことを正しいことだと思ったのだが、その理由は、誰でも分かると思う。

安定し、不安がなくなると、人間は、間違いなく、輝きや魅力を失う。
保身的になり、挑戦心を失い、冒険を嫌う。
怠惰になり、努力をしなくなり、凡庸になってしまう。
そんな人間に魅力があるはずがなく、輝いているはずがない。
中森明菜さんの『禁区』という歌に、「危なげなあなたしか、もう愛せない」といった歌詞があったが、「“もう”愛せない」も何も、魅力ある男とは、危なげな男でしかない。
親は金持ちであっても、子供を甘やかさず、出来れば、財産を譲らない方が良い。

しかし、安定した立場になってしまったら、進んで危険を冒さなくていけないのだろうか?
その通りであるが、実際は、その必要もない。
怠惰になると、嫌でも危険がやって来る。
ゲーテの『ファウスト』でも、神は、

人間の活動はとかくゆるみがちだ。
人間はすぐ絶対的な休息をしたがる。
そこで、わしが人間に仲間をつけて、
刺激したり、働きかけたりして、悪魔として仕事をさせるのだ。
(高橋健二訳)

と言っているが、全くその通りだと思う。
尚、この、人間につける「仲間」とは悪魔のことだ。
平穏無事に甘んじ、だらけていると、神は悪魔を送り込み、その人は、嫌でも苦難に巻き込まれるのである。
怠惰の度合いが大きいほど、大きな刺激、つまり、大きな苦しみで目を覚まさせられる。
そして、実際、必ずそうなるのだから、この世に神は絶対にいると信じられるのである。

常に怠らず、努力を重ねることだ。
困難に立ち向かう準備をしてでもいるかのように、心身を鍛えることだ。
それでも、トラブルはやって来るだろう。
ポール・マッカートニーは『Let it be』で、トラブルに見舞われた時、現れた聖母マリアは「Let it be(あるがままに)」と言ったというが、この言葉の意味を誤解してはならない。
苦難がやってきたら、それを受け入れ、喰らってしまうことだ。
普段鍛えている力を試す良い機会だと喜べ。
そうすることで、我々は神に近付いていくのである。
人間とは、強くあらねばならないし、必ず強くなれるのである。
とりあえず、『バガヴァッド・ギーター』、『新約聖書』、『荘子』、『老子』のどれかを熱心に読むことをお奨めする。









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