昨夜述べた、「好き嫌いを言うのは全く構わないが、優劣の判定をしてはいけない」というのは、改めて、極めて重要なことと思う。
しかし、世間の考え方は逆で、「好き嫌いを言ってはならないが、優劣を重視せよ」である。
まあ、これに関しても、私の考え方が世間の考え方より優れているのではなく、単に好きなのだと考えれば良いが、悲劇を避けることが出来る「好き」である。

例えば、人種差別の根本問題を考えてみよう。
ある白人が、黒人を「嫌い」だと言っても、それは何の問題もない。
しかし、白人は、これを、「黒人は劣っている」にすり替えてしまったことが問題だったのだ。
白人は、「黒人は知性、精神性において白人にはるかに劣っている」と決め付け、見下し、肉体だけは強いので、奴隷にして使役することは、イエスの教えにも反せず、良いことであるとしてしまったのである。
もちろん、黒人が知性、精神性において劣ることは全くないことは今日では明らかであるが、このことに限らず、人間が勝手に判断するほどには、ものごとに優劣などないのであり、もしかしたら、純粋な優劣というものは全くないのかもしれない。

子供が漫画やアニメばかり見ていたら、それを親が注意することが必要な場合もあるだろう。
しかし、漫画やアニメばかり見ていてはいけない理由を、「必要なことをしないようになってしまっているから」なら良いが、多くの親が、「漫画やアニメは下らない」つまり、劣悪であるから、見てはならないといった調子で言うから問題なのである。昨今は、漫画やアニメを下らないという親は、昔と比べて少なくなったが、まだまだ多いと思う。
かつて、国家がそう言い、PTAが従った「漫画は害悪」であるという思想は、単に、教育家や政治家が、「私は漫画が嫌いである」と言うだけのことで、そのことについては全く何の問題もないが、彼らは、人種差別と同じく、「漫画は劣悪」にすり替えてしまったのである。つまり、「漫画は悪い」と決め付けた教育家や政治家、あるいは、知的権威者のような者達は、人種差別主義者と同じ過ちを犯しているのだと思う。

初音ミクさんが嫌いだと言う人がいても、私は、それは仕方がないと思う。
全ての人が、初音ミクさんを好きになれと言う気は毛頭ない。

人によっては理解不能で
なんて耳障り ひどい声だって言われるけど
~ODDS&ENDS(作詞・作曲・編曲:ryo、歌:初音ミク)より~

理解不能だろうと、その人が劣っている訳ではない。
しかし、優れている訳でもない。

CINRAのサイト(下にリンクを記載)で見たが、偉大な音楽家の美輪明宏氏が、同社のインタビューに答え、初音ミクさんについて、「電気を通した表現はあまり感心しない」、「音の変化に乏しい、同じフレーズを繰り返しているような電子音楽」と言っておられ、それはそれで、個人の感想として全く問題ないが、美輪氏は、結局、初音ミクさんの歌は劣っているという方向に持っていってしまっていると思う。
芸術とは何か? 美輪明宏、モノクロの社会を斬る

国民的スターの中居正弘氏が、2年ほど前だと思うが、ビートたけし氏らとの対談で、「初音ミクのライブに1万人集まることが理解できない」と言い、それを「ただのCGを見に行っている」、「性処理までCGでやるようになる」という方向に持っていってしまっていたと思う。
これも、中居氏が、「私は初音ミクのようなものは嫌い」と言うなら、全く何の問題もないが、やはり、初音ミクさんは劣ったもので、そのファンも劣った人間であるという論調だったと私は感じた。
ビートたけし氏も同じ見解であるような発言をしていたが、彼は初音ミクさんについて、あまり知らないといった雰囲気で、番組の必要性から中居氏に同調していただけと思える。
対談の音声は、Youtubeの以下のリンクにあった。
中居くん「初音ミク」のライブに1万人集まることが理解できない。芸能人3人が語る初音ミク

好き嫌いは、大いに言って構わないのである。
男性が、「俺はショートカットの女性がロングヘアの女性より好き」だとか、「俺は清純派の女性が好きで、男慣れしたのは嫌い」と言うのは、何の問題もない。
しかし、「清純派の女性は男慣れした女性より優れている」という話にすり替えてしまうと問題なのである。
人種差別などの悲劇、さらには、思想的な問題や宗教が関与する戦争というのは、「好き嫌い」が「優劣」にすり替えられて起こったのである。









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