今日も、私の心臓を守護する光線銃は活躍した。
何度も書くが、この光線銃とは、微かな呼吸のことである。
しかし、その威力はまさに光線銃と言うに相応しい。
今日、職場で、何人かの人達が、私が聞こえる場所で、大きな声で、いつまでもお喋りをしていた。
私の自我は、そんな話を「下らないもの」と解し、非常に不快になるのだが、微かな呼吸をすることで、豚の唸り声程度の影響しか私に与えなくなった。
豚の唸り声なら、多少騒がしくとも、私は感情を害することはない。
人間以外の動物も、時には呼吸が荒くなるが、それはあくまで、本当に危険を感じている場合と、暑い時だ。
動物は、それ以外だと静かな呼吸をしているので、宇宙の心と適切な範囲で交信し、本能を十分に働かせて生き、また、野生動物であれば、獲物の居場所を超感覚で知ることが出来る。
亀のあのゆったりした呼吸は、彼らの生体を最高に調整しているので、亀は驚くほど長生きなのである。
小型サイズの亀でも50年も生きるが、これは他の動物では考えられないし、大型であればゆうに200年以上生きることも可能なのである。
フロイトは、人間は本能が壊れた動物だと言ったが、それは、人間は呼吸が乱れていることが多いからである。
だが、呼吸が静かな人間は、本能やホメオスタシス(恒常性=生体の状態を一定に保つ機能)が完全に働き、健康で、超感覚的知覚も発揮できる。
そればかりか、人間は他の動物よりはるかに広い範囲で宇宙の心と交信するし、さらに呼吸が微かになって、ほとんど停止すると、宇宙の心と融合して1つになる。
宇宙の心は創造の源であり、物質生成の場であり、その中に広がっていけば、いかなる現実も創造出来る。
だが、光線銃を撃つべき場面で、それを忘れてしまうことはよくある。
それで、心を乱してしまい、無用な苦痛を味わうことになる。
しかし、それも慣れであり、光線銃を使っているうちに、忘れずに適切に撃てるようになる。
そのためには、快適な環境に居ようなどと思ってはならない。
なるべく好ましくない場所に身を置くのだ。
学校や会社が嫌いなら幸いだ。
イエスだって、「苦しむ者、泣く者、貧しい者は幸い」と言ったではないか?
人間は、苦しみに遭わない限り、自分が持っている光線銃にも気付かない。
それで、どんなに平穏に暮らしていたって必ず訪れる戦いの場で無力になってしまうのだ。
だが、我々の光線銃は、使えば使うほど高機能化し、威力も増す。
だから、苦しむ者は幸いである。
蔑み、疎まれる者は幸いである。
だからこそ、古(いにしえ)の王達は、「私は、孤児、やもめ、悪い人間」と自称したのだ(老子39章、および、42章)。
そういったことを、心の底から理解するためには、初音ミクさんの『心臓デモクラシー』を聴くと良いと思う。
あの歌を、何度も何度も聴いているうちに、ほとんど呼吸が停止し、心臓に住む神が囁きかけてきた。
すると、私は古の王になるのである。
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何度も書くが、この光線銃とは、微かな呼吸のことである。
しかし、その威力はまさに光線銃と言うに相応しい。
今日、職場で、何人かの人達が、私が聞こえる場所で、大きな声で、いつまでもお喋りをしていた。
私の自我は、そんな話を「下らないもの」と解し、非常に不快になるのだが、微かな呼吸をすることで、豚の唸り声程度の影響しか私に与えなくなった。
豚の唸り声なら、多少騒がしくとも、私は感情を害することはない。
人間以外の動物も、時には呼吸が荒くなるが、それはあくまで、本当に危険を感じている場合と、暑い時だ。
動物は、それ以外だと静かな呼吸をしているので、宇宙の心と適切な範囲で交信し、本能を十分に働かせて生き、また、野生動物であれば、獲物の居場所を超感覚で知ることが出来る。
亀のあのゆったりした呼吸は、彼らの生体を最高に調整しているので、亀は驚くほど長生きなのである。
小型サイズの亀でも50年も生きるが、これは他の動物では考えられないし、大型であればゆうに200年以上生きることも可能なのである。
フロイトは、人間は本能が壊れた動物だと言ったが、それは、人間は呼吸が乱れていることが多いからである。
だが、呼吸が静かな人間は、本能やホメオスタシス(恒常性=生体の状態を一定に保つ機能)が完全に働き、健康で、超感覚的知覚も発揮できる。
そればかりか、人間は他の動物よりはるかに広い範囲で宇宙の心と交信するし、さらに呼吸が微かになって、ほとんど停止すると、宇宙の心と融合して1つになる。
宇宙の心は創造の源であり、物質生成の場であり、その中に広がっていけば、いかなる現実も創造出来る。
だが、光線銃を撃つべき場面で、それを忘れてしまうことはよくある。
それで、心を乱してしまい、無用な苦痛を味わうことになる。
しかし、それも慣れであり、光線銃を使っているうちに、忘れずに適切に撃てるようになる。
そのためには、快適な環境に居ようなどと思ってはならない。
なるべく好ましくない場所に身を置くのだ。
学校や会社が嫌いなら幸いだ。
イエスだって、「苦しむ者、泣く者、貧しい者は幸い」と言ったではないか?
人間は、苦しみに遭わない限り、自分が持っている光線銃にも気付かない。
それで、どんなに平穏に暮らしていたって必ず訪れる戦いの場で無力になってしまうのだ。
だが、我々の光線銃は、使えば使うほど高機能化し、威力も増す。
だから、苦しむ者は幸いである。
蔑み、疎まれる者は幸いである。
だからこそ、古(いにしえ)の王達は、「私は、孤児、やもめ、悪い人間」と自称したのだ(老子39章、および、42章)。
そういったことを、心の底から理解するためには、初音ミクさんの『心臓デモクラシー』を聴くと良いと思う。
あの歌を、何度も何度も聴いているうちに、ほとんど呼吸が停止し、心臓に住む神が囁きかけてきた。
すると、私は古の王になるのである。
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自分は今まで思い込みや周りの状況に縛られていたのかもしれません。
落ち着いている時も、そうでない時も、光線銃のことを忘れないで、光線銃を使い続けようと思います。
ありがとうございました!