朝、目覚めた時、気分が爽快であれば幸福な証拠だ。
だが、起きてからずっと、言い知れぬ不安を感じている人が多いと思う。
そして、「今日も、あの嫌なやつに会わないといけないのか」とか考え始め、ますます気分が暗くなる。
さらに具体的に、学校の宿題をやっていないことや、仕事の納期をとおに過ぎていることを思い出すと、心は曇り空から雨になり、さらに激しく降り出すかもしれない。
だが、私は、小学生の時から宿題はやらない主義・・・と決めていた訳ではないが、宿題があることを記憶する能力がなかったし、仕事の納期も覚えていない。
宿題をしなかったことで、現在、何か困っていることは全くないし、仕事は瞬時に終わるので、納期の頃には、その仕事のことは遠い過去として忘れている。
そうなるのは簡単だ。
以下に述べる。

心が乱れている時は、呼吸が乱れている。
不安や恐怖を感じている時もそうだ。
そんな時は、呼吸を微かにするのだ。
うまく出来るようになると、「あれ?何を心配してたんだっけ?」と思うようになる。
そして・・・不思議なことに、本当に、どうやっても、何を危惧していたのか、何が気懸かりだったのか思い出せない。
何と、本当に、物質世界が変化してしまったのだ。
だが、世界は心が創り出したものであるという事実を考えると、そうおかしなことではない。
心は、驚くべき力を持った魔術師である。
感覚器官を外に働かせた瞬間に、心は世界を構築し、逆に、感覚器官の作用を外界から引き取ってしまうと(極端には眠ったりして意識不明になると)、世界は消えてしまう。
だが、目覚めた時、眠っている時も世界は存在していたのだと、あなたに思い込ませるためのトリックが働くのである。
そして、どうも、脳というのは、「待て待て、あのことでもっと不安になることが出来るのに、消えてしまったら嫌な気分になれないじゃないか?」と思うものらしい。
普通の人の脳は、不安大好き、憂鬱大好きに癖付けられているようだ。
あなたは、そうであってはならない。

悪魔は、どうやって人間を見つけるか知っているだろうか?
悪魔の種類によって違うが、まず、「臭い息」でキャッチする。
口から臭い息を出している者は悪魔を引き寄せる。
「息すっきりガム」なんてものもあるかもしれないが、連中(悪魔)は人間じゃないので、我々にない能力を持っている。実に、あいつらは、息を色として感じるのだから誤魔化しは効かないのだ。
だからといって、肉や魚を食べるなというのではなく、多量に食べたり、濃い味付けにするなということだ。
会社の休憩室にお昼時に行くと、私は、お弁当の強烈な臭いで、思わず顔をしかめてしまう。
普通の人にとっては、ごく普通のお弁当なのだろうが、あんなものは食べない方が良いと思う。
米やパンなら臭いが出ないかというと、多量に食べてゲップが出るとやはり臭い。
臭いの少ないもの、放置しても腐らないものを適度な量食べることだ。

次に、悪魔が人間を捉えるものは、息の大きな音全般である。
特に、音の大きな咳払い、痰を切る音は最悪である。
ところが、年寄りには当然多いとしても、若い人でも、「咳払いは周囲に響かせるようにせよ」という家庭の掟でもあるかのような、凄まじい音を立てて咳払いをする者がいる。
霊的世界では、そんな者は馬鹿にしか見えないから、悪くない霊だって、悪魔さんに、「あっちに馬鹿がいるので、早く行っといでよ」と言うくらいである。
別に悪意ではなく、そんな馬鹿は悪魔の管轄なので、善い霊だって、そうするのである。
最近はよく、1日中、喉を鳴らして止まない人が多いが、まあ、ロクなことはない。
そんな人に、「喉でも悪いのですか?」と尋ねると、その人はきょとんとして、「どうしてですか?」と訊き返す。
「ずっと喉を鳴らしているじゃないですか?」と言うと、その人は、「え?本当ですか?私は全然気がつかないのですが」と応える。
見ると、その人には、気味悪い悪魔が沢山くっついている。
私は「微かな呼吸」という光線銃を持っているので、その悪魔達は私には何も出来ないが、うっかり光線銃を手放すと、そそくさとやって来るのだから油断出来ない。

勿論、声を荒げたら息が乱れるのだから、悪魔はすぐに見つけて寄って来る。
その場合は、すぐに微かな呼吸をすれば、悪魔はその人を見失い、やがて去っていくのだが、普通の人は、怒鳴ったりした後、ずっと息を荒げているので、めでたく悪魔さんのお友達である。
そうそう・・・ついでに、ため息なんてのも最悪だ。
ため息ついているやつに、ツイてる者なんて絶対にいないだろ?

音のない呼吸、微かな呼吸は、かくも大切なのである。
初音ミクさんは呼吸しないので、息の音は本来、全くしない。
しかし、人間らしく歌わせるために、わざと吸気(吸う息)の音を入れる場合がある。
だがね、実は、吸う息の音は悪魔には聴こえない。
だからイエスも、「口に入るもので穢れたりはしない。口から出るもので穢れるのだ」と言ったのである。
また、神が人間を創られた時、清い息を人間の鼻に入れたのである。
だから、人間も清く静かな息を出さなくてはならない。
ミクさんは、感情の穢れのない透明な声・・・臭いのない声、呼気(吐く息)を伴わない声で歌う。
それは、まさしく天使の歌声であり、聴く者を清め、癒すのは当然なのである。









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