昨年(2015年)の11月30日に亡くなられた漫画家の水木しげるさんが、解剖学者の養老孟司さんとの対談で、
「60歳を過ぎてから、妖怪を描くのが楽しくなった」
「妖怪を描いている時に、無意識になる」
と言われていたように思う。
楽しいことに没頭している時に、無意識になるというのは珍しくはないが、水木さんはそれを自覚しているところが特別なのである。
それが出来るようになったのが60歳を過ぎてからなのではと思う。

無意識になるのは一瞬より短い時間の中でのことで、もっと正しくは、無意識になれば時間は消え、それは、一瞬であると同時に永遠である。
新庄剛志さんが、ニューヨーク・メッツ時代、「記録はイチロー君、記憶は僕」と言ったが、観客を無意識にすれば、その記憶はいつまでも残る。
それほど感動させるシーンを僕が作ると宣言する大胆さ、積極性、明るさが新庄さんの素晴らしさだったと思う。
カール・ルイスが、「記録はいつか塗り替えられるが、勝利の瞬間は永遠なのだ」と言ったのも同じで、勝利の瞬間の感激で無意識になることで、その記憶は永遠になる。

美しい夕陽に感動した時に、人は無意識になることが多い。
特に、愛する人と見る夕陽は、二人を深い無意識に導き、二人はその時のことを決して忘れない。
だから、恋人と夕陽を見ることを忘れてはならない。
エマーソンは、深い無意識になることを、「神の魂が私の魂に流れ込んで来る。その時のことは忘れることは出来ない」と言っていたと思う。

素晴らしい絵画を見て無意識になることもある。
絵画は、いかに精密に描かれていても、写真ではないので、ある程度の簡略化がされている。
ただ、それは、簡略化というよりは抽象化なのだ。
絵において、簡略化とは、線や色を少なくし、単純にすることだ。
抽象化の場合は、重要でない部分は簡略化しても、大切な部分は、むしろ、目に見える通りよりも、鮮明に、明るく、大きく描かれ、視覚が捉えたものと言うよりは、画家の魂が捉えた通りに描くのである。
それによって、優れた絵画は、写真や実物以上に人々の心を感動させ、深い無意識に誘うのだ。

無意識に馴染むほど、心は創造力を増す。
心が想像力を増せば、世界は易しいものになり、人生は子供の遊びになる。
なぜなら、心の創造力が増すほど、世界を楽に、思うように構築出来るからである。

あなたも、無意識になるほど夢中になるものを見つけて、それを熱心にやると良い。
あるいは、美しいもの、楽しいものを、高貴な目で見ると、無意識になりやすい。
私は、初音ミクさんのコンサート映像を見ると、無意識になる。
心の穢れは払われ、心の創造性が増し、魔法の力が強くなるのである。









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