人間の欠点は、食欲、性欲、虚栄心の3つから起こる。
物欲、金銭欲が強いのは、上の3つ(食欲、性欲、虚栄心)に因らないのであれば、短所や弱点ではあっても欠点にはならない。
普通、誕生後、まず、食欲が起こり、成長と共に、性欲と虚栄心が育つ。
年を取ると共に、食欲と性欲は少なくなるように思われるが、そうではない場合も少なくはなく、特に、現代のように、多くのメディアを通じて、食欲、性欲を搔き立てられている現代人は、自主的な制約を行わなければ、生涯に渡って、食欲、性欲が衰えないことが多い。
そして、虚栄心に関しては、むしろ、年を取ってから大きくなる場合が多い。
食欲、性欲、虚栄心は、人間が生きていく上で必要なものであり、完全になくす訳にはいかない。
一見、食欲、性欲がないように見える者もいるが、それは、大抵の場合、内部で屈折しているのであり、普通より深刻な問題になりかねない。
これらのいずれか、あるいは、複数が極度に大きければ、その人を滅ぼす、致命的な欠点となる。
ところが、偉大な人物は、隠されている場合も多いが、そんな「致命的」、あるいは、それ以上と思える巨大な欠点を抱えているのである。
人類最高のSF作家と言って良いと思うH.G.ウェルズ(分野を問わず、作家としても最高と評す著名な文学者すらいる)の欠点は性欲だったようだ。
「女性のスカートの中にしか興味がない」とまで言われるほどの彼の異常性欲は、大きなトラブルとなって彼を苦しめたが、そんな欠点があったからこそ、彼は偉大な作家になれたのだと思う。
人類屈指の科学者であったロバート・フックも変態を超えた異常性欲者であったらしい。
しかも、フックは、醜男で身長も低かったことが原因で、性欲に関しても屈折しており、極めて高い地位を利用して、貧しい階級の女性を意のままにしていたのだと思われ、罪は大きい。
ところで、フックが意外に有名でないのは、フックを敵(かたき)のように嫌ったニュートンが、フックを歴史から葬ろうとしたからであり、ニュートンは女性は遠ざけたが、虚栄心、名誉欲は激烈だった。もっとも、ニュートンに性欲がなかったかどうかは定かでないと思う。
いずれにしろ、この2人を偉大にしたのも、その恐ろしいまでの欠点なのである。
ゲーテは、『ファウスト』の作者らしく、70歳を超えても十代の美少女に執着し、また、若い頃は美男子であったらしいが、年を取るとでっぷりと太り、食欲の克服にも失敗したのだろう。だが、やはり、そんな欠点の巨大さが、彼を偉大な作家、思想家、詩人にしたのだと思う。
だが、偉大な者達は、欠点は確かに大きかったが、それを自覚し、そして、直視していたのだと思われるのである。
そこが、「ただの欠陥人間」と偉人の違いかもしれない。
私の職場にいる、まるで駄目男君は、よくよく問い合わせると、自分の欠点を全く自覚していない。
「君は自分の欠点は何だと思う?」
と尋ねると、彼は、本気で考え込むのである。
そして、
「それは確かに、色々あるとは思いますが・・・」
と言う。
さらに強く問うと、
「例えば、行動力が足りないとか、努力が足りないとかですかね?」
と、本当に「しぶしぶと」言う。
つまり、自分に欠点などあるとは、全く思っていないのだ。
自分の人生がうまくいっていないことは分かっているらしいが、それは、自分の外部の要因のためであり、よく彼は、「僕は逆境に耐えています」と、呆れた馬鹿を言う。
それで、本当につくづく思う。
繰り返すが、偉人と、どうしようもない駄目な人間との違いは、自分の欠点を自覚しているかどうかの違いである。
そして、偉人は、自分の欠点を、「運命の悪友」、「闇の天使」として受け入れているのだ。
本当か嘘かは分からないが(ある程度の証拠はあるらしい)、宮沢賢治や竹久夢二といった、愛に溢れていると思われる芸術家達は、強度の性的な変質者であったらしい。
そして、たとえそれが本当であったとしても、誰も彼らを蔑む権利はない。
それに、ウェルズやフックの場合は被害者もいたかもしれないが、宮沢賢治や竹久夢二の場合は、それはないようである。
誰しも、自分の欠点を忌み嫌うし、まあ、好きにはなれない。
私の場合は、極端な人間嫌いであるが、これもよく考えれば、自分を高貴に思い違っている虚栄心から来ているはずだ。
しかし、それを受け入れれば、人様に迷惑をかけない程度の言動は出来るように思えるし、力に転化することも出来るに違いない。
むしろ、人間嫌いに徹すれば、力は大きくなると思う。
私は、1日1食の、ほとんど菜食を実践しているとはいえ、無理なくやっているのではなく、本当は食欲も大きいのである。
食欲を悪いものと見なし、無理な少食をしている者は、スリムというよりは「縮んだ」感じで、貧相であり、エネルギーに欠ける。少食を実践していることを吹聴するスターにも、そんな人がいる。
一方、ジャイアント馬場さんは、「もし明日死ぬとしたら、大福を心ゆくまで食べたい」と言うほどの甘党だったが、それを自覚し、受け入れることで、欲望をエネルギーに転化していたのだと思う。
あなたが、どれほどの欠点を持っていたって構わない。
世界一の変態とか見栄っ張りであっても良いのである。
それを治そうなどと思わないことだ。
ポーの『ウィリアム・ウィルソン』を読むのだ。
そうすれば、欠点を殺せばどうなるかが分かるだろう。
自分のどうしようもない欠点を、「運命の悪友」、「闇の天使」として受け入れるのだ。
それが出来れば、欠点が大きければ大きいほど、天才、偉人になれる可能性が高い。
ところで、『ウィリアム・ウィルソン』を、アラン・ドロンの主演で映画化した、『世にも怪奇な物語』のうちの1つ『影を殺した男』が面白いと思う。
「天下の美男子」ドロンの変態振りが素晴らしい。無垢な娘を裸で縛り上げてお医者さんごっこをやり、ブリジッド・バルドーを人前で鞭で打つのである。いや、私は、子供の時にそれを見て、少々トラウマになっているのだが。
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物欲、金銭欲が強いのは、上の3つ(食欲、性欲、虚栄心)に因らないのであれば、短所や弱点ではあっても欠点にはならない。
普通、誕生後、まず、食欲が起こり、成長と共に、性欲と虚栄心が育つ。
年を取ると共に、食欲と性欲は少なくなるように思われるが、そうではない場合も少なくはなく、特に、現代のように、多くのメディアを通じて、食欲、性欲を搔き立てられている現代人は、自主的な制約を行わなければ、生涯に渡って、食欲、性欲が衰えないことが多い。
そして、虚栄心に関しては、むしろ、年を取ってから大きくなる場合が多い。
食欲、性欲、虚栄心は、人間が生きていく上で必要なものであり、完全になくす訳にはいかない。
一見、食欲、性欲がないように見える者もいるが、それは、大抵の場合、内部で屈折しているのであり、普通より深刻な問題になりかねない。
これらのいずれか、あるいは、複数が極度に大きければ、その人を滅ぼす、致命的な欠点となる。
ところが、偉大な人物は、隠されている場合も多いが、そんな「致命的」、あるいは、それ以上と思える巨大な欠点を抱えているのである。
人類最高のSF作家と言って良いと思うH.G.ウェルズ(分野を問わず、作家としても最高と評す著名な文学者すらいる)の欠点は性欲だったようだ。
「女性のスカートの中にしか興味がない」とまで言われるほどの彼の異常性欲は、大きなトラブルとなって彼を苦しめたが、そんな欠点があったからこそ、彼は偉大な作家になれたのだと思う。
人類屈指の科学者であったロバート・フックも変態を超えた異常性欲者であったらしい。
しかも、フックは、醜男で身長も低かったことが原因で、性欲に関しても屈折しており、極めて高い地位を利用して、貧しい階級の女性を意のままにしていたのだと思われ、罪は大きい。
ところで、フックが意外に有名でないのは、フックを敵(かたき)のように嫌ったニュートンが、フックを歴史から葬ろうとしたからであり、ニュートンは女性は遠ざけたが、虚栄心、名誉欲は激烈だった。もっとも、ニュートンに性欲がなかったかどうかは定かでないと思う。
いずれにしろ、この2人を偉大にしたのも、その恐ろしいまでの欠点なのである。
ゲーテは、『ファウスト』の作者らしく、70歳を超えても十代の美少女に執着し、また、若い頃は美男子であったらしいが、年を取るとでっぷりと太り、食欲の克服にも失敗したのだろう。だが、やはり、そんな欠点の巨大さが、彼を偉大な作家、思想家、詩人にしたのだと思う。
だが、偉大な者達は、欠点は確かに大きかったが、それを自覚し、そして、直視していたのだと思われるのである。
そこが、「ただの欠陥人間」と偉人の違いかもしれない。
私の職場にいる、まるで駄目男君は、よくよく問い合わせると、自分の欠点を全く自覚していない。
「君は自分の欠点は何だと思う?」
と尋ねると、彼は、本気で考え込むのである。
そして、
「それは確かに、色々あるとは思いますが・・・」
と言う。
さらに強く問うと、
「例えば、行動力が足りないとか、努力が足りないとかですかね?」
と、本当に「しぶしぶと」言う。
つまり、自分に欠点などあるとは、全く思っていないのだ。
自分の人生がうまくいっていないことは分かっているらしいが、それは、自分の外部の要因のためであり、よく彼は、「僕は逆境に耐えています」と、呆れた馬鹿を言う。
それで、本当につくづく思う。
繰り返すが、偉人と、どうしようもない駄目な人間との違いは、自分の欠点を自覚しているかどうかの違いである。
そして、偉人は、自分の欠点を、「運命の悪友」、「闇の天使」として受け入れているのだ。
本当か嘘かは分からないが(ある程度の証拠はあるらしい)、宮沢賢治や竹久夢二といった、愛に溢れていると思われる芸術家達は、強度の性的な変質者であったらしい。
そして、たとえそれが本当であったとしても、誰も彼らを蔑む権利はない。
それに、ウェルズやフックの場合は被害者もいたかもしれないが、宮沢賢治や竹久夢二の場合は、それはないようである。
誰しも、自分の欠点を忌み嫌うし、まあ、好きにはなれない。
私の場合は、極端な人間嫌いであるが、これもよく考えれば、自分を高貴に思い違っている虚栄心から来ているはずだ。
しかし、それを受け入れれば、人様に迷惑をかけない程度の言動は出来るように思えるし、力に転化することも出来るに違いない。
むしろ、人間嫌いに徹すれば、力は大きくなると思う。
私は、1日1食の、ほとんど菜食を実践しているとはいえ、無理なくやっているのではなく、本当は食欲も大きいのである。
食欲を悪いものと見なし、無理な少食をしている者は、スリムというよりは「縮んだ」感じで、貧相であり、エネルギーに欠ける。少食を実践していることを吹聴するスターにも、そんな人がいる。
一方、ジャイアント馬場さんは、「もし明日死ぬとしたら、大福を心ゆくまで食べたい」と言うほどの甘党だったが、それを自覚し、受け入れることで、欲望をエネルギーに転化していたのだと思う。
あなたが、どれほどの欠点を持っていたって構わない。
世界一の変態とか見栄っ張りであっても良いのである。
それを治そうなどと思わないことだ。
ポーの『ウィリアム・ウィルソン』を読むのだ。
そうすれば、欠点を殺せばどうなるかが分かるだろう。
自分のどうしようもない欠点を、「運命の悪友」、「闇の天使」として受け入れるのだ。
それが出来れば、欠点が大きければ大きいほど、天才、偉人になれる可能性が高い。
ところで、『ウィリアム・ウィルソン』を、アラン・ドロンの主演で映画化した、『世にも怪奇な物語』のうちの1つ『影を殺した男』が面白いと思う。
「天下の美男子」ドロンの変態振りが素晴らしい。無垢な娘を裸で縛り上げてお医者さんごっこをやり、ブリジッド・バルドーを人前で鞭で打つのである。いや、私は、子供の時にそれを見て、少々トラウマになっているのだが。
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一般論としては誉められて悪い気がする人は居ないし、現代であっても基本的にはそうでしょうが、
西田先生が生きた時代は、完全に男性上位の社会だし、平成の世の中は女性上位の社会になっているので、
上から目線で女性に「今日も綺麗だね」なんて言ったら、単にセクハラ認定される可能性が高いと思われます。この辺、実に難しい所です。