「悪い星の下に生まれた」なんて言葉がある。
そんな人間というのは、生まれた家が貧乏だったというより、親の人間性の問題が大きいのだろうなあと思う。
世間から見れば普通の親でも、強い偏見や、個人的な深い執着を持っていると、子供は苦しいことになる。
例えば、阪神タイガースの熱狂的ファンだとか、美空ひばりを崇拝するとかいった親の場合、普通には、それが問題があるとは見なされない。
しかし、多くの場合、その親は自分の価値観を子供に押し付けるが、いかなる場合であろうと、価値観を押し付けられるのは不幸なことなのだ。
そんな子供は、無意識のうちに、親への反発から、親のものとは違うものに執着するようになり、そのために、誰にも相手にされず、恋人も出来ないことが多い。

そして、ある説によれば、いかなる動物も、赤ん坊の時に受けた影響は、脳に深く刻まれる。
赤ん坊の時に、脳に刻まれた影響を、「刷り込み」と呼ぶことがある。
「刷り込み」は、一生、修正不可能だが、人間の場合は、3歳までが、そんな「刷り込み」を受ける期間であるらしい。
3歳までに、泥棒の性質を刷り込まれたら泥棒になろうとするし、学者の性質を刷り込まれたら学者になろうとする。
それが、生まれながらの素質と適合すれば、偉大な学者やスポーツ選手になったり、人々を震撼させる大悪人になったりするのだ。
悲惨な「刷り込み」を受けた者のことを、「悪い星の下に生まれた」と言うのである。

私の職場のまるで駄目男君が、まさに最悪の刷り込みを受けた、「悪い星の下に生まれた」人間なのだろう。
気の毒ではあるが、彼は一生、まるで駄目男だ。

ビートルズのジョン・レノンやポール・マッカートニーらは、多分、子供の時から、「悪い星の下で生まれた」人達を色々見て、やるせない感情を懐いていたのだろうと思う。
「Nowhere Man(ひとりぼっちのあいつ)」、「エリナー・リグビー」、「フール・オン・ザ・ヒル」などは、「最悪の星の下に生まれた」、どうしようもない、最低の人達の歌だ。
私は二十歳くらいで初めてビートルズを聴いたが、特に心惹かれたのは、これらの歌だった。
まあ、おそらく、私も「悪い星の下に生まれた」のであろうが、それ以外は非常に幸運であったから良い。しかし、そうではない、まるで駄目男君のような者もいる訳である。
私と、まるで駄目男君は、寸分変わらないほど同じなのであるが、唯一違いがあるとすれば、私は19歳で、ジョセフ・マーフィーの本に出会ったことだろう。
ニート真っ最中で、ゲーム機を買ってもらうこともなかった私は、当時流行っていたゲーセンは好きではなかったし、そもそも、金がなかったので、本屋で時間を潰すことが多かった。
本屋のはしごをしながら、何時間も歩いたり立ったりしているのはシンドかったが、おかげで足腰が鍛えられたのだが、今は本屋が少なくなっている。
ドワンゴ会長の川上量生さんは、自分が引きこもっていた時に幸運だったのは、家に階段とソファがあったので運動が出来た(ソファはストレッチに使える)ことだとブログに書かれていたが、私の場合は、書店が沢山ある時代に引きこもっていたことが幸運だったのかもしれない。
ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則のような、ニューソート(新思考)と呼ばれるものは、精神の力に目を向けさせるものであるが、「良い星の下に生まれた」人間は、全く興味を持たないのではないかと思う。
ついでに言うと、私は、引きこもっていた時に、変な宗教の勧誘を受けたことも何度かあったが、それに乗らなかったのも、ジョセフ・マーフィーの本のおかげであったと思う。
宗教よりは、ジョセフ・マーフィーの理論の方が、私には魅力的であったのだ。
人間には希望が必要だが、特に、「悪い星の下に生まれた」人間は、「目に見えない希望」が必要になる。
しかし、考えてみれば、ずっと、毎日のように学習塾に通っているような子供達は、おそらく皆、「悪い星の下に生まれている」のではないかと思う。
彼らはどんな希望を掴むだろうか?
それよりも、何か希望を見つけられるのだろうか?
そして、希望を掴めないまま大人になった、まるで駄目男君のような人間はどうすれば良いのだろう?
WOWAKAさんの、初音ミクさんの歌のように、「さよなら、お元気で。終わる世界に言う」か、画面の向こうで落ちていくしかないのだろう。
ただ、いつも「ありがたい」と言っていれば、悪い星の下でもハッピーでいられると思う。









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