文明が発達し、科学技術が進歩すると、仕事の種類が少なくなる。
日本でも、何十年も前から、人間の仕事を次々に機械がやるようになっていった。
桐箱のようなものも、手作りの重厚なものが必要な場合がほとんどなくなり、また、機械が人間並、あるいは、以上のものを作れるようになってきた。
いまや、仏壇も仏像も機械で作れるし、アメリカが沢山の予算をかけて必死で研究している3Dプリンターの進歩により、もうほとんどのものが作れるようになる。
楽器だって、ストラディバリのようなものがいくらでも作れるようになり、果ては、自宅で誰でも作れるようになる。

また、Amazonや楽天のような通販が発達し、お店がなくなってきた。
今、書店で本を買ったり、CDショップでCDを買っている人は、Amazonの便利さを知らない人だけなんじゃないかと思うことがある。

今はまだ、人間の細やかな感覚や機転が必要な場面も多いが、やがてAI(人工知能)が人間をはるかに超えると、それもどうなるのか分からない。
AIは、近年、ブレイクスルーを起こして急速に発達していることを、ご存知ない方も多いと思う。
既に、AIの研究者は、人間の能力の秘密をかなりつきとめ、AIが人間を超えるのは確実と考えられており、さらに、人間を超えたAIが、自分を超えるAIを作ると予想されている。

その結果、どうなるか?
人間がAIに支配されるというSF的なことは、自然には起こり難い。
だが、人間の欲望や悪意が作用することで、そんなことは十分に起こり得る。
しかし、なんとか、悪いことが起こらず、むしろうまくいったら、人間は働く必要がなくなって、毎日、趣味や娯楽、あるいは、科学研究や宗教的求道といったことを、自由に無制限に出来るようになるのだろうか?
だが、本当にそんなことになったら、人類は自滅することは、少し考え深い人なら予想出来ると思う。
人間は、向上と、新しい満足の獲得を動機にして、生命力を高めるが、そんなことは全部AIがやってしまうのだ。人間よりずっとうまくね。

人間を人間たらしめている意志やクオリア(感じ)も人工的に作ることが出来るのかもしれない。そんな説が有力になっている。
そうしたら、AIが欲望を持ち、人類を征服しようとするかもしれない・・・なんて単純な話ではない。
人間を超えた優秀なAIの意図は、我々には想像もつかないのだ。
あちら(AI)が、我々人間に慈悲深くあるかどうかも分からない。
そもそも、高度な知性が考える慈悲が、我々の考える慈悲と一致するとは限らない。
AIが人工物だから恐ろしいと考えている人が多いかもしれないが、フロイトによれば、人間の心だって、十分に不自然で人工的なのだそうだ。
そして、だから、人間は恐ろしいではないかという訳だ。
自然にも恐ろしい側面は確かにあるが、今はカラクリが分かっているので、不安でたまらないということはない。自然による被害(天災)への対策が出来なければ逃げればいいし、逃げることも叶わないなら諦めもつく。
しかし、AIは、今ですら、カラクリが分からない人が大半だ。
人間は、相手の正体が見えなければ、お化けと同じで、不安でたまらなくなる。
そして、未来のAIは、誰もその正体が分からない。
『2001年宇宙の旅』で、人工知能HAL9000について、それを開発した科学者にすら、分からない部分が多いと言わていたが、それどころか、未来のAIは、誰にも全く分からなくなる。
未来のAIに比べれば、「分からない」と思っている自分の心なんて、いつも食べているお米の味ほどにも分かり易いかもしれない。

「いや、いかにAIが進歩しても、阿弥陀如来や神のような存在には敵わない。また、中国の道(タオ)のようなものによって存在させられていることに違いはなく、道の理に反することは出来ないはずだ」
と言う人もおられると思う。
そうであればいいなとは思う。









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