10年や20年は、瞬く間に過ぎる。
いや、釈迦の時代から2500年、イエスの時代から2000年ほどが、あっという間に過ぎてしまった。
地球が出来てから45億年と言われるが、それがどれほどのものだろう。
これから数千年、数万年、数億年も、明日が来るように過ぎ行く。

しかし、魂にとって時間や空間というものはない。
魂には、宇宙の始まりも、地球の誕生も、釈迦の悟りも、イエスの受難も、今、ここで起こっている。
レベルが違い過ぎて、心はそれを捉えることは出来ない。
心で魂を理解しようとするのは、小さじで大海の水を計ろうとするようなものだ。
ならば、心である我々は、魂に全てを委ねるより、どうしようもない。
その魂を、父なる神とか、道(タオ)とか、阿弥陀如来と言うのだろう。
そう思うと、小さな我が、大きなものに一切をまかせることが出来ると思う。

身体が弱くなると、こんなことが浮かぶものである。
まあ、これを書き終わったら、治ってしまったが。









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