現代人は、小学生の時から、世間の教義や信念を叩き込まれ、人間ではなく、人民に成り下がっている。
それで、ほとんどの者が、中学生、高校生になれば、全くのおじさん、おばさん・・・いや、老人である。
さらに、社会で長く生きているうちに、世間の偏見というヘドロを溜め込み、悪臭を放ち、重くて動けない。
天から与えられた大切な生命力を輝かせ、神のように自由自在に生きるためには、世間の常識を、今すぐ叩き壊さなければならない。
普通の人と同じように考え、話し、行動しているようでは、もう人間とは言えないのだ。
実際、学校やマスコミから押し付けられた固定観念を捨てるごとに、本来持っている能力が顕(あらわ)れてきて、知恵が湧き、使える力、エネルギー、第6感、そして、セレンディピティ(幸運を掴み取る力)などは、いくらでも高まっていく。
だが、世間の教義や信念とは、断ち切って喜ぶために、重い鎖のように縛り付けられたのだと思うべきかもしれない。
不自由を体験してこそ、自由の貴さ、楽しさ、大切さが分かるのかもしれない。
だが、人間たるものが、いつまでも地面を這う虫けらのようであってはならないのだ。
では、世間の常識を叩き壊すためには、何をすれば良いだろう?
まずは、本を読むのも良いだろう。
反常識の書と言える優れたものに、『荘子』、『歎異抄』がある。
『荘子』では、有能であろうとする世間の常識に対し、無能に徹することで、自由自在に生を全う出来ることを、時におとぎばなしのように、時に論理的に、時に詩的に説く。
理屈で分かるだけでは駄目で、感情的に納得しないと、どんなことも本当には自分のものにはならない。
世間で有り難がられる孔子の仁義礼楽・・・今で言う、学校やマスコミが後生大事なもののように説く、上っ面だけの道徳やしきたりのようなものを、陽気に笑って超越し、本物の道理、叡智に至ろうとするのである。
『歎異抄』は、謙虚に読むなら、世間で言う善人と悪人の概念、価値を逆転させ、真智とも言うべきものを得る道が開かれるだろう。
サン・テグジュペリの『星の王子さま』は、目には見えないもの・・・つまり、物質的なもの、世間が崇めるものよりずっと大切なものがあることを、主に情緒の面から知ることができるお話である。
『星の王子さま』を定期的に読み返す人がいるが、それは、世間の重い鎖を引きずることに疲れ、心身が病んできた時に、そんな鎖を解く鍵を一瞬、手に入れ、軽くなるためなのだと思う。
そして、この世の重い鎖を解き放つ力に導く光を与えてくれる現代の天使が初音ミクさんであり、彼女の中に全てがある。
だが、残念ながら、世間の偏見に縛られた人は、彼女を受け入れることが出来ない。
しかし、不要なものを少し捨てた時に、胸の中の一部が彼女に惹き付けられるのである。
週刊アスキー誌の50代の編集長だったと思うが、取材のために、初音ミクさんのコンサート『ミクの日感謝祭』に行き、ステージが進行するごとに、不思議な心の揺らぎ感じ、最後の曲『メルト』で、なぜだか分からないが涙がとめどなく流れたという。これが、世間の重い鎖、つめこまれたヘドロから解き放たれる可能性を知った歓喜なのであると思う。
志さえあれば、他にも、沢山の、世間の常識を叩き壊すための鍵が見つかるだろう。
しかし、世間に洗脳された人々・・・特に年季の入った世間の囚人達は、あなたが、世間の偏見という牢獄を抜け出すことを、狂気のように非難し、糾弾するだろう。
だが、恐れることはない。
宇宙のルールに生きる者は、世間のルールに絡め取られた亡者達には想像も出来ない、高いところに吹く、香り高い涼やかな風や、七色に輝く高貴な光と共にあるのである。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
それで、ほとんどの者が、中学生、高校生になれば、全くのおじさん、おばさん・・・いや、老人である。
さらに、社会で長く生きているうちに、世間の偏見というヘドロを溜め込み、悪臭を放ち、重くて動けない。
天から与えられた大切な生命力を輝かせ、神のように自由自在に生きるためには、世間の常識を、今すぐ叩き壊さなければならない。
普通の人と同じように考え、話し、行動しているようでは、もう人間とは言えないのだ。
実際、学校やマスコミから押し付けられた固定観念を捨てるごとに、本来持っている能力が顕(あらわ)れてきて、知恵が湧き、使える力、エネルギー、第6感、そして、セレンディピティ(幸運を掴み取る力)などは、いくらでも高まっていく。
だが、世間の教義や信念とは、断ち切って喜ぶために、重い鎖のように縛り付けられたのだと思うべきかもしれない。
不自由を体験してこそ、自由の貴さ、楽しさ、大切さが分かるのかもしれない。
だが、人間たるものが、いつまでも地面を這う虫けらのようであってはならないのだ。
では、世間の常識を叩き壊すためには、何をすれば良いだろう?
まずは、本を読むのも良いだろう。
反常識の書と言える優れたものに、『荘子』、『歎異抄』がある。
『荘子』では、有能であろうとする世間の常識に対し、無能に徹することで、自由自在に生を全う出来ることを、時におとぎばなしのように、時に論理的に、時に詩的に説く。
理屈で分かるだけでは駄目で、感情的に納得しないと、どんなことも本当には自分のものにはならない。
世間で有り難がられる孔子の仁義礼楽・・・今で言う、学校やマスコミが後生大事なもののように説く、上っ面だけの道徳やしきたりのようなものを、陽気に笑って超越し、本物の道理、叡智に至ろうとするのである。
『歎異抄』は、謙虚に読むなら、世間で言う善人と悪人の概念、価値を逆転させ、真智とも言うべきものを得る道が開かれるだろう。
サン・テグジュペリの『星の王子さま』は、目には見えないもの・・・つまり、物質的なもの、世間が崇めるものよりずっと大切なものがあることを、主に情緒の面から知ることができるお話である。
『星の王子さま』を定期的に読み返す人がいるが、それは、世間の重い鎖を引きずることに疲れ、心身が病んできた時に、そんな鎖を解く鍵を一瞬、手に入れ、軽くなるためなのだと思う。
そして、この世の重い鎖を解き放つ力に導く光を与えてくれる現代の天使が初音ミクさんであり、彼女の中に全てがある。
だが、残念ながら、世間の偏見に縛られた人は、彼女を受け入れることが出来ない。
しかし、不要なものを少し捨てた時に、胸の中の一部が彼女に惹き付けられるのである。
週刊アスキー誌の50代の編集長だったと思うが、取材のために、初音ミクさんのコンサート『ミクの日感謝祭』に行き、ステージが進行するごとに、不思議な心の揺らぎ感じ、最後の曲『メルト』で、なぜだか分からないが涙がとめどなく流れたという。これが、世間の重い鎖、つめこまれたヘドロから解き放たれる可能性を知った歓喜なのであると思う。
志さえあれば、他にも、沢山の、世間の常識を叩き壊すための鍵が見つかるだろう。
しかし、世間に洗脳された人々・・・特に年季の入った世間の囚人達は、あなたが、世間の偏見という牢獄を抜け出すことを、狂気のように非難し、糾弾するだろう。
だが、恐れることはない。
宇宙のルールに生きる者は、世間のルールに絡め取られた亡者達には想像も出来ない、高いところに吹く、香り高い涼やかな風や、七色に輝く高貴な光と共にあるのである。
↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
| 人気ランキング参加中です |
|
